カルチャー
「シティボーイ寄席」開催直前! 柳亭小痴楽師匠が語る、落語とシティボーイの話。
2025年10月15日
photo: Naoto Date
text: Neo Iida
江戸落語の世界は、はるか昔の東京が舞台。江戸の世界をたくましく、そしてユニークに生きる市民の姿には、現代のシティボーイが学ぶべきところがたくさんありそうだ。POPEYEでは10月10日から開催される「マガジンハウス博」で、初のシティボーイ寄席を開催。柳亭小痴楽師匠、春風亭昇羊さん、桂九ノ一さんの3名の落語家に登場してもらい、銀座のど真ん中でシティな落語をたっぷりと披露してもらう。寄席に先駆けて、柳亭小痴楽師匠に落語とシティボーイについて話を聞いた。
落語におけるシティボーイ像
――落語の世界に生きるシティボーイというと、師匠はどういう人物像を想像されますか?
やっぱりシティボーイと聞くと「おしゃれ」とか「上流」ってものを思い浮かべるので、当てはまるのは職人ではなく若旦那(商家の跡取り息子)じゃないですかね。
――若旦那というのは経営者側の人材ですね。一方で商家に奉公に出て、丁稚として働いて手代、番頭と昇格するのは従業員。
ですね。若旦那にも色々あって、着物が好きで自らオシャレが上手な遊び人の若旦那もいれば、遊びを知らなくてバカ真面目だけど、ちゃんといい服をあてがわれて「これがオシャレか〜」っていうボンボン感のある若旦那もいる。どっちにもシティボーイ感を感じますね。
――若旦那って何歳ぐらいの設定なんでしょう?
厳密には決まってないですけど、おそらく20代前半まででしょうね。
――まさにポパイの読者層です。落語の舞台は江戸時代の東京であり、若旦那のようなシティボーイも登場しますが、落語の世界に現代のシティボーイが参考にできる部分はあると思いますか?
僕は江戸っ子の、カラッとしていて腹に溜めない感覚が好きなんです。仲間うちで少し浮いていても、弾かれ者のままにしておかない。物事の善し悪しも、「みんなが良いと言うから良い」ではなくて、自分のなかで判断をつける。そういうふうに自分をしっかり持ってるところはいいなあと思いますね。
――落語にはきっぷのいいキャラクターがたくさん登場しますもんね。もちろん演芸なのでどの話もユーモアに溢れていますけど、救いがあったり、人間のポジティブなところが見えるのが面白いところだと思います。悪いことを悪いとバッサリと切り捨てない。
おそらく根本に「貧乏」っていうものがあるんです。これ以上は下にならないっていう。だから人のことを蹴落とすこともしないし、みんな仲間みたいな感覚があるんですよね。
――庶民の話ですもんね。
そうですね。あと好奇心を持って動くのも大事だよ、という話もありますよ。「明烏」っていうネタは、主人公が真面目で堅物の若旦那なんですけど、お父さんに「お前もうちょっと遊びに行って来い」って言われるんです。「死んだら店を譲んなきゃいけないのに、いい年して酒も飲めず、お客さんとの付き合いもろくにできない。あっちにこういうものを食べさせるところがありますのでご案内いたしましょう、お供します、くらいのことを言ってくれなくちゃ困るんだよ」って。つまり色んなことを知るのは若いうち。年を取ってからはそれまでの自分の経験が財産だから、どんどん動いて経験したほうがいいって話なんです。『POPEYE』を読んでいても「これがいいよ」「この場所面白いよ」っていろんな特集があるじゃないですか。気になったら出かけて、いいと思ったら好きになる。そうやって好奇心を持って、何かを良いと思える気持ちがあったらいいですよね。
小痴楽師匠が見た、人情溢れる代官山
――街を楽しもう、しっかり情報も押さえておこう、というのは今にも通ずる部分がありますね。ちなみに、江戸落語の世界によく登場する場所って、どのへんなんですか?
やっぱり東エリアが多いですね。江戸の町は今の東京よりも狭くて、中心地は東。「目黒のさんま」は中心地からは離れた田舎にある、将軍の鷹狩場に出かける話ですよね。渋谷なんてほとんど出てきません。主な舞台は日本橋近辺、霊岸島、あと隅田川を渡った向島や月島、深川あたりがよく登場します。芝には武家屋敷があったし、江戸四宿と呼ばれた品川、内藤新宿、千住、板橋、の宿場町もよく出て来ます。
――今の東京とはちょっと違いますね。
そうですね、都会の捉え方が違いますね。でも、今でも神田のチャキチャキの人に「代官山生まれです」って言うと「はん?代官山?」っていう感じはありますよ。
――小痴楽師匠は開発前の代官山をご覧になっていたんですよね。
そうですね。僕は昭和63年生まれで、平成10年か12年ぐらいまで猿楽町にいたのかな? 当時もうヒルサイドテラスはあって、頻繁にトレンディドラマの撮影がある上品な場所という感じでした。うちは代官山アドレスができる頃に、親父が「やかましくなるから越すぞ」と言って巣鴨のほうに引っ越したんですけど。
――その頃の代官山はどんな町だったんですか?
まだご近所付き合いがありましたね。基本的に親父は家にいないから、母ちゃんが兄貴のサッカーの付き添いでいなくなると、小学校行くか行かないかくらいの小さい僕はひとり留守番になるんです。大体幼馴染みのいる『末ぜん』に預けられることが多かったけど、ある日起きたら誰もいなくて大泣きしちゃって。『末ぜん』を頼ればいいところを、3軒隣に綺麗なお姉さんが石鹸屋さんを出したばかりで、そのお姉さんと仲良くなりたくて、「ママがいない!」と言ってずっとギューしてもらって、野原しんのすけみたいにデレデレして。母親帰ってきた時に舌打ちした覚えがあります(笑)。あとから親父も「せがれが済まなかったね。石鹸いっぱい買ってくわ」って遊びに行って、それまで我が家はミューズだったのに、いい石けんばっかりになった時期があります(笑)。
――素敵な思い出ですねえ。
ちょっと前にニュースで、子供がひとりで留守番してたら外に出ちゃって、警察に保護されたっていうのを見たんですよ。確かに危ないけど、お母さんにも外に出なきゃいけない用があったかもしれない。昔は隣のスーパーに「子供ちょっと見てて」って預けたり、おばあちゃんが「たまには羽伸ばしてなさい」って言ってくれたり、そういうちょっとしたお節介がご近所にあったけど、今は誰にも頼れない。そうなるとストレスを抱えてバーンとなっちゃいますよね。
――現代の東京には失われてる部分というか。
でも友達の家もまだあるし、地元のお祭りも相変わらず活発なんですよ。それに、今僕が住んでるマンションにもご近所付き合いはあって、子供同士遊んだり、オムツをもらったりしてますよ。東京は怖いなんて言われるけど、あえて話したり挨拶したりして、距離を縮めた方がいいのになって思います。僕はそういう町で育ったんで、落語界を生きるとき、自然とこの感覚があってよかったなと思いますね。
――落語の世界ではよく誰かが家を訪ねる場面がありますよね。かなり距離の近さを感じます。
どうしても密接にならざるを得なかったんですよね。昔の町の作りって、まず表通りがあって、米屋さんとかお店があって、井戸端があって、長屋がある。さらに路地裏にあるのが裏長屋で、壁のかわりに衝立ひとつあるくらいの造り。だからプライバシーがなかったし、人と関わるのが当たり前だったんでしょうね。だから日中は心張り棒をかけなかったって言いますもんね。
――そういえば、落語には泥棒もよく登場しますよね。
落語で登場するのは決まって“空き巣”なんです。ちゃんと人のいないうちを選んで、嫌な思いさせないようにしてる。だから泥棒が登場する落語の枕では、よく「昔の泥棒は節操があって」と言うんです(笑)。
渋い寄席の魅力と、初心者に優しい落語会
――寄席に行くのはハードルが高いと思っている若い世代も多いと思うんですが、実際はどうですか?
全然高くないですよ。フラッと寝間着で来てる人もいるぐらいなんでね、特に浅草だと(笑)。さすがに新宿はいないですけど、浅草は近所のおじちゃんが習慣でふらっと来てたりするんで、それくらい本当に何でもないところなんです。ただ、僕も「初めて落語を見るんですけど」っていう人に寄席をおすすめしていいかどうか悩むところもあって。落語家が20組ぐらい出て、いろんな噺を見られるから入場料的にもお得なんですけど、持ち時間が1人当たり大体15分ずつで、次、次、次と登場するので、初めての人だと疲れちゃうのかもなって。それだけいれば好きな落語家を見つけることもできるけど、好みと合わない人をたくさん見ることもあるかも。そうしたら落語って面白くなかったというイメージになっちゃいますよね。
――確かに慣れていないと見方がわからないかもしれないですね。
それなら、今はホールとか喫茶店とかライブハウスとか、いろんな場所で少人数の落語会が開催されてます、そういうところで見るのもいいかもって思うんですよ。馴染みのある場所だったら、緊張感なく落語と向かい合うことができるんじゃないかな。
――身近なところで落語を体験するっていいですね。
そうですね。でもやっぱり、寄席の空気感っていうのはいいものがあるんですよ。末広亭とか浅草演芸ホールとか、渋いですからね。あとハプニングが結構多いんで、この間も僕がトリをやったときに廊下で大きい声で怒鳴った人がいてね。
――うわ。師匠はどうやって対応されたんですか?
いやあ、その時は僕も怒っちゃったかな(笑)。携帯が鳴るとかね、お客さんも落語を見に来てるのに、気が散っちゃうじゃないですか。人によってはそういうハプニングを面白く使う人もいるし、僕も陽気にいじって、ちょっと嫌みを刺すくらいで終わらせることもありますけど、マジギレして高座を降りることもありますよ。客席はピンと緊張が走るから、先輩から「よくお前はあんな怖いことをするな」って言われますけど、何か余計な雑音が入ったとき、僕なりに客席をひとつにしたいんですよね。まずはひとつにして、噺を聴いてほしい。そもそも古典落語というものがすごいから、いい加減にやらなければ古典落語が笑わせてくれるんです。だから僕にできるのは、客席をひとつにすることだと思ってるんです。
――それもやっぱり寄席の生の面白さですよね。何が起こるかわからないという。
出演する落語家たちも、トリに向かって流れを繋げる気持ちで高座に上がりますから。この出順だったらこの噺をやろう、これが俺の100%だな、そうやって一人ひとりがお客さんに寄席全体を楽しんでもらいたいと思ってるんです。
――なるほど。
いろんな噺を聴くってことは、つまりいろんな人間模様を見るってことじゃないですか。いろんな人間を見たら、自分の間口も広がるし、1日が楽しかったなって思えると思うんです。
――今回、10月16日にPOPEYE初の取り組みとしてシティボーイ寄席が開催されます。意気込みをぜひ聞かせてください。
ポパイに馴染みがあるからじゃあ行ってみよう、そういう気持ちで来てもらえたら嬉しいですよね。僕の他に、春風亭昇羊、桂九ノ一、三者三様なので、絶対誰かひとりは好きになれる落語家がいると思います(笑)。そういうメンバーを集めましたので、楽しみに寄席に来てもらえたらと思います。損はさせません!
インフォメーション

シティボーイ寄席
雑誌『POPEYE』の誌面でも馴染み深い柳亭小痴楽師匠、春風亭昇羊さん、桂九ノ一さんの三名の落語家を招き落語会を開催。
落語に登場する江戸の町人たちは、持ち前のチャーミングさと軽妙洒脱なやりとりで、世知辛い世の中を上手に立ちまわっていきます。その“抜け感”のある生き方は、どこか私たちが思い描くシティボーイ像と重なるのです。
小痴楽師匠は代官山育ちの生粋のシティボーイ。昇羊さんは古着特集にもご登場いただいた、落語界随一の伊達男。そして九ノ一さんはフジロックにDJとして出演したこともあるカルチャーボーイです。
さて、そんな三人が集まれば一体どんな噺が繰り広げられるのか? ここでしか味わえない、一夜限りの“落語とシティボーイの邂逅”を、どうぞお楽しみください。
開催日時:2025年10月16日(木)18:00開場、18:30開演(20:00終了予定)
会場:Ginza Sony Park(東京都中央区銀座5-3-1 4F)
チケット売り切れ
Official Website
https://magazinehouse80th.jp/products/popeye-city-boy
プロフィール
柳亭小痴楽
りゅうてい・こちらく|1988年、東京都生まれ。NHKラジオ第1『小痴楽の楽屋ぞめき』(毎週日曜13:05〜)でMCを担当。’19年に真打に昇進。テレビ、ラジオ、執筆と活躍の幅を広げる。著作に、自身のまくらをまとめた『柳亭小痴楽 令和の江戸っ子まくら集 シブラク編』がある。
春風亭昇羊
しゅんぷうてい・しょうよう|1991年生まれ。公益社団法人落語芸術協会所属。2012年に春風亭昇太に入門。’16年に、二ツ目に昇進。著作に、初の海外渡航で、初の海外公演の様子を綴った『ひつじ旅落語家欧州紀行』がある。
桂九ノ一
かつら・くのいち|1995年、大阪府生まれ。高校卒業後、’16年に、桂九雀に入門。「令和六年度NHK新人落語大賞」で決勝進出。今年の「フジロックフェスティバル」にはDJとして出演するなど、幅広く活動。
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