ライフスタイル

家の猫の話 Vol.19/文・ピエール瀧

2025年9月5日

家の猫の話


photo & text: Pierre Taki
edit: Ryoma Uchida

最近よく海の船釣りに行っています。

行き先は東京湾を筆頭に、千葉の内房&外房、神奈川の平塚沖など。陸からの釣りと違って船で魚探(魚群探知機)を確認しながら魚のいるポイントまで船長が連れて行ってくれるので、当然釣果は上がりますし、さまざまな魚が釣れるというメリットがあります。

釣ってきた魚は、ヘトヘトのからだに鞭打ってオイラが家で捌いて晩御飯にするのですが、いつの頃からか猫たちにもちょっとづつお裾分けするようになりました。三枚におろした身の尻尾の方とか、中骨の間のすき身とかを。なるべく細かくして食べやすくして。

このフレッシュ魚類の振る舞いに最も食い付いたのがブイヨンです。コンブは「じゃあちょいとひと口。……ふ~ん」てな感じの割と冷めた反応だったのですが、ブイヨンはキラキラした目で「ワオ!フレッシュ!最高!髪振り乱して食う!」てな感じで、一心不乱にガツガツ食べるのです。時にほかの猫の皿にまで遠征して。よしなよ、ブイヨン。まだあるからさ。

いつもはクールビューティーな感じのブイヨンが生の魚にこのような反応を見せるのは、おそらく彼女の生い立ちにあるのでしょう。

宇都宮の自転車置き場で保護された元保護猫のブイヨンは、人間に見つけてもらうまで、その暮らしの営みの中で“生きるために他の命を食う”ことをやっていたでしょう。食べ物と化した獲物が放つ生のエナジーを直に感じながら、自らの命が燃え上がる感覚に歓喜していたに違いありません。要するに野生マインドありの女子なのです。

その経験がほぼ無かったコンブは「ふ~ん」の反応になるでしょうし、さらにもっと小さい“手のひらサイズ”で保護されたコロッケなんかは、他の命を自分の命に取り入れる経験が全くないと思われます。その証拠に、切り身をお皿に入れてあげても「なんか生臭い。プリミティブ過ぎ!」なんつってさっさと皿から離れてしまいます。現代っ子か!

そんな“本日は活魚の日”を何度か経験したからなのか、最近ではオイラが包丁を持って台所に立つと、ブイヨンがダイニングテーブルの脇にチョンと腰掛けて、こちらの様子をじっと伺うようになりました。しかもウルウルした眼で催促の甘えた鳴き声と共に。会話にするとこんな感じ。

「あの~、あの冷たくてクニクニしたやつはまだかしら?」「めざといすね。でもまだエグいとこやってる最中ですからもうちょいあとですかね」「あれって不思議と夢中になっちゃうわよね。ナゼだと思う?」「あ~、それはですね。キミが猫だからですかね~」「そうなの?ていうか、まだ?」「了解です。急ぎます」

オイラがでっかい箱(クーラーボックス)を持ってリビングに現れ、ギラついた細長いやつ(包丁)を持って、前足(オイラの右手)が血まみれスプラッター(ハラワタの処理)になってると、どうやら素敵なごちそうタイムの幕開け。これが最近のブイヨンのお楽しみセットのようです。

プロフィール

ピエール瀧

ぴえーる・たき | 1967年、静岡県出身。1989年に石野卓球らと電気グルーヴを結成。道行く人に「あなたのオススメは?」と尋ね、その返答の通りに旅をするYouTube番組『YOUR RECOMMENDATIONS』が好評配信中。著書に『ピエール瀧の23区23時』(産業編集センター)、『屁で空中ウクライナ』(太田出版)など。『地面師たち』(Netflix)、『HEART ATTACK』(FOD)、映画『宝島』(大友啓史監督作、9月19日公開予定)など出演も多数。

電気グルーヴ公式ウェブサイト
https://www.denkigroove.com/