ライアン・ガンダーさんが語る「現代アートの真の定義」。
『ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー』が箱根「ポーラ美術館」にて開催中!
photo: Kazuharu Igarashi
text: Ryoma Uchida
2025年9月14日

鑑賞者の数だけ、行き着く場所がある。
作品の完成は僕らに委ねられている。
「今回の展覧会タイトルは『あなたが作品を完成させるのですよ』という、私からのメッセージでもあります」。そう語るのは、箱根のポーラ美術館での個展『ユー・コンプリート・ミー』の開幕に合わせて来日したアーティストのライアン・ガンダー。絵画、彫刻、写真、映像、VRインスタレーション、建築etc。多様な表現手法を駆使する彼は、現代アーティストという肩書にとどまらず、教育や書籍の編集、TV番組の制作など、ジャンルの垣根を越えて活動し、芸術の枠組みやその意味を問い直しながら、いわゆる“アーティスト”像を更新し続ける。そんなガンダーさんに、まずはこの展覧会に込めた思い、“あなたが作品を完成させる”ことの意味を聞いてみた。
「私の関心は、視覚的な作品の出来栄えだけではありません。それ以上に、鑑賞者に“何を想起させるか”が重要です。例えば、一人でスタジオにこもって作品をつくることに満足しているとしたら、そのアーティストは独りよがりで、自分の喜びのためにしか制作していないような気がします。欧米では特に顕著な気がしますが、今のカルチャーは『自分軸』が多い。自分を見せたいというエゴイストな部分がある。でも、歴史的に見ても、重要とされるアート作品やムーブメントは、様々な人の視点や意見が介在することによって誕生している。何ごとも自分一人だけで成し遂げることってできませんよね。何か面白いこと、よいものが生まれる瞬間というのは、常に集合的な状態だと思うのです。だからこそ展示された作品と鑑賞者との知的な交流を経なければ、本当の意味での完成といえません。それが、このタイトルであり、みなさんもアートに貢献しているのです」

展示風景: ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」ポーラ美術館、2025年
Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.
撮影:中川周

展示風景: ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」ポーラ美術館、2025年
Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.
撮影:中川周
一方的に意味を伝えるのではなく、鑑賞者の感性に委ね、それぞれの脳内で生じた“答え”こそ“正”とする。そんなガンダーさんの作品は、ユーモラスで思わず近寄りたくなるポップさが入り口になっていることが多い。本展でも「アニマトロニクス」(アニマル+エレクトロニクス)と呼ばれるリアルでキュートな機械仕掛けの動物たちが館の随所にいて、来場者に微笑み語りかけるかのようだ。入り口では《君が私を完成させる、あるいは私には君に見えないものが見える(カエルの物語)》とタイトルのつけられた作品ーーカエルが、哲学的な言葉を切り口に、長々と喋り倒す(声は英語だが、鑑賞ガイドのQRコードを参照することで日本語のスクリプトを確認できる)。こうした作品たちを“コンプリート”させるために、僕らはどんな姿勢で鑑賞にのぞむべきなのか。
「必要なのは、時間をかけることだけです。あらゆる事象において、世界はすごいスピードで動いていて、薄っぺらいものやインスタントに見られるものに溢れています。時間の長さや深みがありませんよね。そういったものは残念ながら瞬間で目を楽しませるだけで、脳を刺激するものは少ない。カエルの話にもゆっくりと傾聴してみてください」
だからこそ、「都会の喧騒から離れた場所にあって、みなさんが作品と向き合うために時間と意思をもって訪れてくれる」本展の会場であるポーラ美術館は、ガンダーさんにとって、理想の場なのだ。ガンダーさんは、こちらが投げかけた一つの質問に対して、ゆっくりと言葉を積み重ねながら話を続ける。
「ある作品に対して誰もが同じように感じるとしたら、それはアートといえないのではないでしょうか。100人100通りの行き着く場所があることが、私にとってのよい作品。大切なのは“複数性”を宿した作品を届けること。コミュニケーションが目的の娯楽映画や広告デザインなどとは違い、アートはむしろ“ミス・コミュニケーション”というか、意味が通じなかったり、異論反論が巻き起こる状態になることが理想。もっと言えば、両極端な意見や素っ頓狂な解釈が生じるほどの複雑さを担保することこそが重要なのです」

《クロノス・カイロス、3時2分》 、2025年
Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.
撮影:中川周

《物語は語りの中に》2025年
Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.
撮影:中川周

《周縁を中心に据えて》2023年
Courtesy the artist and TARO NASU, Tokyo.
Photo: MASAYA KUDAKA
世界には様々な可能性と、複数の複雑で自由な広がりがある。そして、作品の“意味”は僕らに委ねられ、いわば宙吊り状態ということか。ガンダーさんの作品は、カエルやネズミや鳥などの「アニマトロニクス」の他にも、多種多様で遊び心のあるモチーフで彩られている。なかでも、1階の「アトリウム ギャラリー」に展示されていた《閉ざされた世界》は、各種のミニチュアで室内が埋め尽くされた不思議な展示だ。しかしながらこの作品のタイトルからは、“自由な広がり”とは正反対な印象を受ける。どんな意図があったのだろう。
25年の活動を覆すような試みと、挑戦し続けること。
「この作品では、上部に取り付けられた鳩時計の鳥(《生産と反復を繰り返しながらも君は自由を夢見ている》)が、物で溢れるこの消費社会と資本主義社会のことについて話しています。というのも、昔の人々はこの世界を理解するために、物語や歌や人々の関係性など、目に見えないものを通して思考していた。けれど現代の社会では、あらゆる事柄を全て具体的で物理的なものを通してのみ理解しようとしている側面がある。個人的な感情すらね。それを、おもちゃでできた街並みを使って作品にしました。でも、先ほども言ったように答えは一つじゃない。鑑賞した人がそれぞれに色んなアイディアを持ってくれればいいのです」
「ただ……」とガンダーさんは付け加える。この作品は「自分の作品の中でも最もパーソナルで、正直な気持ちで制作した」のだとか。実は、この作品にはもう一つ別の背景が隠されていたそう。
「私には6歳になるバクスターという息子がいます。彼は自閉症で、基本的に会話をしません。逆に私は仕事でも言葉を扱っていて、移動は車椅子だし、アクティブなタイプでもない。本当に正反対の存在なんです。バクスターは一つのことに非常にこだわる性質があって、家ではおもちゃをすごく綺麗に並べます。ドアの出入り口や通路まで並べるので、私は車椅子での移動の際に、それをどかす必要がある。するとバクスターは自分の作品を壊されたような悲しい顔をして、おもちゃをすぐ元に戻す。でも、彼には言葉が通じないので、私がなぜおもちゃを壊さなきゃいけないのか伝えられません……。部屋を通る度に私が破壊し、彼が直す。その繰り返し。私と彼との伝えられない「言葉」がこのおもちゃの風景に宿っているのです。ニューヨークの街にも見えるし、私の感情のランドスケープにも見えてくる。だから《閉ざされた世界》は非常に個人的な作品。これは、自分のアイデンティティや感情を反映することを避けてきた、25年の私の活動を覆すような試みでした。でも、アートは常にルールを壊していくべきなので、それもそれでいいかなと思ってるんですけどね」
タイトルの付け方、言葉の使い方も注目のガンダーさんの作品。B2階展示室の《おばけには歯があるの?(答えばかり求める世界での問い)》をはじめ、館内には黒い球体の作品が点在する。それらには「時間は止まるの?」「影に音はあるの?」「孤独なまま、幸せでいられるの?」など、こちらに問うような、素朴だけど、どこか神秘的で答えのないフレーズが添えられている。
「アートを通して“曖昧さ”を提供したいと思っています。特に今の世の中は、未知なるものに脅かされたくないという気持ちが強く、リラックスできて、すべてが約束された状態を希求する傾向が強い。でも、複数性のなかに身を置くと、自分の予想や意図を超えたものが頭の中でぶつかり合って、思いもよらなかったところにジャンプするかのような感覚を得られる。ロジックじゃないものに身を任せたら、想像を遥かに超えた場所に辿り着けるのです。例えば、バーで友達と喋っているとき、いろんなトピックについて雑多に会話していますよね。そのような場で、ある種のレクチャーというか、単一の話題を一方的に話される時間は、さぞ退屈でしょう? あっちこっちを飛び回りながら、多方面の事柄を同時に考えるのが自然なあり方ではないでしょうか」
作品の表現形式を定めないガンダーさんの姿勢、ジャンルを越境する活動そのものが複数性の体現に他ならない。取材時も一方通行のコミュニケーションではなく、楽しそうに『ポパイ』を読みながら僕らに質問したり、こちらの取材ノートを面白がってスマホで撮影したり、そのおおらかでチャーミングな人柄が印象的だった。やりたいことや気になることもたくさんあるのだとか。
「世界は素晴らしいものに溢れていて、時間さえあれば読みたいものや見たいものがたくさんある。学生時代はサボったり、モチベーションが上がらないことが悩みでしたが、今は時間がないことが悩みなんです。人生って、1つの味を、コース料理みたいにじっくり味わえる時間は本当は存在しない。実際には、あらゆるものをたったの一かじりすることしかできない。それくらいの時間しかないと思うんです。だからこそ、あらゆることに興味を持って、“複雑”な自分の状態でいることって大事だと思う。だから、アーティストが固定化された一つのスタイルや様式だけを守り続けるのって、不自然そのもの。新しい何かを発見すること、学び続けること、失敗も含めて挑戦し続けることこそが、現代アートの真の定義だと思います。成功した作品のカラーバリエーションを手掛けることは、アートとは言えないですよね。なんでこんな作品を世に出したのだろうと多くの人を困惑させたとしても、それは決して失敗作ではないのです。むしろそういう作品を提示できるのは、優れたアーティストの証しでもある。読者のみなさんも、常に好奇心旺盛に、内なる多元性を育んでください。そして何よりも、人生を楽しんでください」
プロフィール
ライアン・ガンダー
アーティスト。1976年、英国・チェスター生まれ。日常生活で遭遇する物事を素材に、多様な表現手段で作品を制作。キュレーション、書籍編集、教育、TV番組の脚本・司会も手掛けるなど活動の幅も広い。2022年には英国ロイヤル・アカデミーの正会員(彫刻部門)に選出された。
インフォメーション
『ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー』
神奈川県・箱根にあるポーラ美術館にて、11月30日(日)まで開催。会期中は無休。人間の言葉を話すカエル、読めない時計や仮想の国旗など、全18点におよぶ作品の大半が日本初公開の新作。これまでの作風では見られなかった息子とともに生み出された作品も登場するなど、ライアン・ガンダーの“現在地”を心と体で楽しめる。
Official Website
https://www.polamuseum.or.jp/
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