カルチャー
Road to Dead End
執筆:野村訓市
2025年7月25日
シラキュースって知ってる?
シラキュースって聞いたことある?
まぁ普通は知らない。アメリカの大学バスケを追っかけてる人ならば、「あぁ、バスケが強いシラキュース大があるとこね」なんて答えるかもしれないけれど。シラキュースは、アメリカはニューヨーク州の北にある地方都市。ニューヨークっていうとマンハッタンとブルックリンしか思い浮かべない人が多いと思うけど、それはこのでかい州の南側の小さな部分で、カナダとの国境まで繋がるこの州には実はいろんな街があるのだ。シティ(マンハッタンのこと)にいると夏は「やれモントークだ、ハンプトンでビーチだ」とのたまう海派と、「週末はアップステートでチルしてるよ」という山派のシティボーイに二分される。そうねえ、海は大体東京から湘南の距離の別荘地で、山は大体、軽井沢みたいな距離。夏休みに張り切ってマンハッタンに行っても地元の子は結構週末はこれらの場所に避暑に行っちゃっていないことが多い。で、このアップステートを抜け、さらに北に向かったところにシラキュースはあるんですよ。今回、マンハッタンに用があって滞在しているときに、俺はシラキュースに行くことにした。
なぜ?
それはそこにあるエヴァーソン美術館に用があったからなのだ。ポパイの読者なら、スケードボードをかじったことのある者ならば、〈Supreme〉が定期的にリリースするスケートフィルムを観たことがあると思う。’14年に発表された『Cherry』から『Head Banger』までそのすべての映像を取り仕切るのが監督のビル・ストロベック。スケートビデオのひとつのスタイルを作り上げたと言える現代を代表するビルが生まれ育ったのがシラキュース。かつて友達と溜まり、スケートをしていた美術館からビルに連絡があったのが去年の今頃。スペースを提供するからスケートカルチャーに関するエキシビションを自由にやって欲しい! そのオファーにビルは飛び上がって喜んだわけ。「俺の街、俺がスケートを始めた美術館に恩返しができる! 誰でもなかった俺が!」。そのときも丁度ニューヨークにいたんだけど、それで「エキシビションが始まるときは絶対こいよ!」「もちろん行くさ、日程決まったら教えろよ!」そんな話になった。
その約束は果たされたか? 答えはノー。なぜならビルがオープンの日にちを間違って俺に教えたから(笑)。その間違った日程に合わせて別件の予定を立てたために、俺はオープニングを逃すことになった。とはいえ、親友の1人と言えるビルの初の大エキシビションを逃すわけにはいかない。それでバーで酒を飲んでいるときに、ビルにシラキュースに行くぜと宣言したのだ。
「マジ? いや最高だし、見て欲しいけどどうやって行くんだ?」
「連れのレイモンドが運転好きだし、見たいから車出してくれるって」
「まぁまぁ遠いぞ。4時間ちょいかな。向こうに泊まるのか?」
「いや日帰りに決まってるじゃん」
「死ぬぞ」
「どうせ俺は運転じゃないし、行き帰りの車で寝るさ」
そうして連チャンで朝まで飲み続け、そのまま日曜日の朝8時にシラキュースに向けて出発することになった。
滞在先のダウンタウンのホテルにレイモンドが時間ぴったりに迎えにくる。さあ行きますか! グーグルマップに目的地のエヴァーソン美術館をセットする。予想到着時間は昼の12時過ぎ。遠い。マンハッタンを抜け、高速を一路北に向かって進む。見慣れたレンガのビルや工業地帯をあっという間に抜けると、そこからは家などない緑の風景が広がる。そうだった、ニューヨーク州はでかいのだ。睡魔に襲われ、コーヒーを飲み、途中でガソリンを入れる。なにげに500キロ以上ある長旅。途中、前が見えないほどの豪雨になり、やがて陽が出たかとおもうと霧がでたり。俺は昔サンフランシスコからポートランドまでドライブしたときのことを思い出していた。深い森、窓をあければ夏の湿気と共に緑の咽返すような匂いが車内を包む。1時間経過、2時間経過、やがてロードサインにカナダまで数100マイルなんていうものがでてくる。どんどんと国境に近づいているのだ。3時間が経過し、4時間が経過し、俺の腰が悲鳴を上げ出した頃、ようやくシラキュースまであと数10マイルという標識がでてくる。やっとだ……。
シラキュースは思っていたよりも大きな地方都市だった。高速を降り、市内を走って行くうちにようやく俺たちはエヴァーソン美術館に辿り着いた。コンクリートの塊のような、ブルータルな美術館のエントランスについたとき、iPhoneの時計は午後1時を示していた。片道5時間、今日中にまたマンハッタンに帰らねばならない。全然平気だよというレイモンドの目は心なしかすでに死んだ魚のようになっていた。
帰りのことを今から気にしても始まらない。エントランスでビル・ストロベックの展示を見に来た、入館料はいくらですか? と聞くと「あなたたちビルの友達の日本人? 電話があったのよ。このステッカーを目につくところに貼ってね、さぁごゆるりと」。ビルがちゃんと電話しておいてくれたのだ。そしてとうとう長い前置きでしたが本展示に!
まず目に飛び込んでくるのがライアン・マッギンレーの盛大にゲロを吐く大判の写真。スケートとゲロは密接な関係があるのだがそれは後でということで。
まずこのエキシビション、DEAD ENDの説明書き。街の誇り、ビルの紹介とスケートというカルチャーがDIYなパンクスピリッツからなり、その周辺すべてを含めたものがこの展示の中心になると書かれている。そしてまずはアンディー・ウォーホルのファクトリーに出入りしていた長いキャリアを誇るアリ・マルコポロスの写真群。’90sからニューヨークのスケートシーンを撮り続けてきた巨匠の写真は知ってるものかそうでないものまで。アリのスケート写真こそニューヨークのストリートのイメージを作り上げたものなんだとやっぱりおじさんは再認識しました。
アリ・マルコポロス
それから引き延ばされたダッシュ・スノウのポラロイドの写真。若くして亡くなり、アート界のカートコバーンのようなどこか神格化されたような存在になったダッシュ。けど本当に作品はいいんだよね。俺は2000代初頭、まだニューヨークの地価がバブルでとんでもないことになる前、ダウンタウンのロウワーイーストがまだキッズたちで盛り上がっているころ、ダッシュ達と遊んだことがあるけれど、みなメチャクチャで。スケーターとその周りの生な感じはなんだかとても懐かしい。
お次はスケートフォトの巨匠ともいえるトビン・イェーランド。’90年代のサンフランシスコのスケートシーンを撮り、泣く子もだまる、みんな大好き〈Antihero Skateboards〉のヴィジュアルを手掛けて、あのブランドのイメージを作り上げてきた人。警察にサーチされる総裁ジュリアン・ストレンジャーの写真に俺の心は震えたのでした。
トビン・イェーランド
そしてそのジュリアン・ストレンジャーが撮ったスケート界の悪ガキ、アンディ・ロイたちがひたすら部屋の中でゲロをする映像がループで再生されている。スケートシーンが一つもないのに、そのクレイジーで、不遜な感じがまさにスケートそのもので、前出のライアンの写真やダッシュの写真にもよく出てくるゲロ撒き散らし写真というものとも繋がっている。
ジュリアン・ストレンジャー
一体何枚のベニヤ板を使って描かれたかわからない、超大型のマーク・ゴンザレスの初期のペイント。〈Real〉のスケーター、マックス・シャーフ所有の作品であまりにも大きいため飾るところがなく、バラされて倉庫で眠っていたものをビルが借り出してきたもの。何分でも眺めていられる素晴らしい作品。
デイブ・シューバートによるブルックリン・バンクスでの様子を収めたビデオ作品。イーストコーストにおけるスケートの聖地だったここはマンハッタン側にあるブルックリン・ブリッジの下にある超有名なスケートスポット。今では閉じられてしまっているが、このビデオでは当時の様子がはっきりとわかる貴重なビデオ。
オクラホマはタルサのジャンキー達の日常を収めた写真集『タルサ』で写真界に永遠にその名を残すラリー・クラーク。その彼が’90年代、最も人気のあったスケートスポットの一つ、ワシントン・スクエアでたむろする10代のハーモニー・コリンに脚本を書かせて生まれたのが映画『キッズ』。インディ映画界に衝撃を与えると共に、そこに出演した〈Supreme〉のスケーター達の姿がブランドの認知を劇的に上げさせたその名作の撮影時におけるバックストーリー的な写真の数々。ここでかなりの時間を消費。
ラリー・クラーク
そしてご存じハリウッドが誇る鬼才監督スパイク・ジョーンズ。彼の名前をよく知らないキッズがいたとしても、彼が手掛けてきた数々の名作ミュージックビデオを見れば「あぁ、この人か!」ってきっとなるはず。ビースティにファットボーイ・スリムなどハズレなし。そんなスパイクのキャリアの原点はBMXやスケート雑誌でのフォトグラファー活動。なんといっても名門〈Girl〉の共同設立者だし、今のスケートビデオの流れを作った『Video Days』の監督もスパイク。ということで’90年代スケートを語るには外せないということで、ビルとの橋渡しをしました、わたくし。提供してくれた写真はもちろんハズレなし。実物を是非みてくれ。
スパイク・ジョーンズ
そしてキュレーターであるビルの作品が最後に。バッジコレクターでもあるビルのお気に入りを拡大して作ったもの。I’m looking for Trouble. 問題を探しているぜ→喧嘩を売ってやるぜ。これぞスケーターの心意気。ファイト!
最後に外にでるとゴンズが手掛けた彫刻作品が。永久保存となるということで寄付されたこの作品、ピースをばら撒きながら、君にグラインドされることを待っている。
どうですか? 駆け足で解説した作品群。これを携帯のスクリーンで見てもその迫力や質感を感じることはできないんですよ、残念ながら。夏にニューヨークに行くぜ! という鼻息荒いシティボーイはぜひシラキュースまで足を伸ばして欲しい。ただ日帰りは激しくおすすめしないよ。帰りの道中がどれだけ辛かったことか……。渋滞もあり帰りはほぼ6時間。俺のひ弱な腰は完全に破壊されたのでした。なので、泊まりでナイアガラの滝まで足を伸ばすもよし(2時間)、カナダまでいっちゃってパスポートのスタンプを増やすもよし。ここは是非泊まりで。
以上、野村の報告でした。
プロフィール
野村訓市
のむら・くんいち|1973年、東京都生まれ。海外放浪の旅を経て、雑誌編集、執筆活動を中心に活動する。毎週日曜日20:00〜『TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING』(J-WAVE)のナビゲーターを務める。
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