TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】中国4000年のトイレ事情
執筆:奥村忍
2025年7月13日
連載の最初があまり綺麗な話でないことを冒頭にお詫びしたい。申し訳ありません。
僕は『みんげい おくむら』という民藝、手仕事の生活道具を販売するオンラインショップを運営し、買付でよく中国に足を運んでいる。特に少数民族が多く暮らす、雲南省や貴州省に多く通い、そのことを2020年に『中国手仕事紀行』という本にまとめた。
今年2025年は2024年の旅のことを加えた『中国手仕事紀行 増補版』を発売し、全国の書店さんや馴染みのショップさんでその販売記念イベントをさせてもらっているので、そのために買付に、ほぼ毎月中国に行っている。
雲南省・昆明の町の様子はこんな感じ。
5月には貴州と雲南に行ってきたばかりなのだが、雲南で久々にすさまじい出会いがあった。
中国のトイレ、というとみんなどんな想像をするだろうか?
少し昔の中国を知っている人なら、「ニーハオトイレ」と言うだろう。
これは個室の仕切りがなく、ただ等間隔に穴が空いているトイレで、誰彼構わず、座れば仲間。ニーハオニーハオ。そんな4000年の歴史が産んだ悠久のトイレなのであった。
しかし流石の中国にも数十年前から徐々にトイレは個室化の流れが進み、今や公衆便所やお店のトイレと言えばすっかり和式の個室が整備されるようになった。
(だが多くの人は個室の鍵を掛けない。うっかり開けるとしゃがんだおっさんの力み顔に遭遇することになる。)
洋式の整備はホテルこそほぼ整ったものの、公衆便所の洋式となると、たまにあるのだが、だいたい便座に足跡が付いているからガッカリして使わない事が多い。
さて、先月雲南省の省都昆明で出会ったトイレの話に戻そう。
その日は土曜日で、馴染みの骨董街の店に行く用事があった。行く前に銀行でお金を下ろしてから行こうと思ったら、ATMにカードが吸い込まれたまま出て来なくなった。中国あるあるでカードが食べられてしまったというやつだ。不幸にも土曜日。ATM内に設置された緊急電話に電話をするも月曜日までは物理的にカードを出すことができないという。
出鼻を挫かれたからか、骨董街で腹が奇妙な音を出して鳴った。急いで骨董街の最深部にあった万年日陰のトイレに駆け込む。(ちなみに中国の公衆トイレにはトイレットペーパーは置いていない。持参すべし。)
薄暗い中に個室は見当たらず、横板だけが二枚貼られた三人がけ大便ゾーンがそこにはあった。横板と言っても首の下までしか高さは無い。先客二人。いやはやニーハオ。
普段なら他のトイレを探すか、となるのだがこちらも緊急。この程度のトイレなら何度も用を足したことがある。恐るるに足らずだ。
最奥にたどり着くと、何やらおかしい。穴ではなく、そこには川があった。詳しく言うと、私が最上流で、その川は隣人と、その隣の人のところを通り、どこかに流れ落ちていくようだった。
ううむ。これは私がラッキーだったと捉えるべきなのだろうか。
しかし川の流れは、雨不足の夏の川模様と言えばわかりやすいだろうか。実に頼りない。
先客二人がさっさとどいてくれれば良いのだが、不幸にも一人は携帯動画を眺め、長期戦の様子。私は座った瞬間には……(自重)。
事を終えたが、二人はやはり微動だにしないし、私のそれも微動だにしない。ふと気付くと座る前には目もくれなかった場所に大きなポリタンクが置いてあり、そこに大きめの桶が入っている。これだ。
水をすくって、行ってこいと流す。それは隣人を超え、さらにその先をも超え、流れていった。セイハロー、セイハロー。いやニーハオ、ニーハオ。
二人は当然無反応。私の大きな達成感も露知らず、それぞれの時間に集中していた。
中国は奥が深いんだ。
今回はこんな話? 拙著のこぼれ話をあと三回ほどさせてもらおうと思っています。よろしくお付き合いください。
プロフィール
奥村忍
おくむら・しのぶ|1980年、千葉県生まれ。大学卒業後、放浪。WEBショップ『みんげい おくむら』を2010年オープン。国内外から手仕事による生活道具を提案する。作り手や産地を巡り、選ぶことをモットーとし、月の2/3は手仕事に触れる旅をする。近年では中国民藝に特に力を入れており、消えつつある中国の手仕事を
探し歩く旅を『中国手仕事紀行』として2020年に出版(青幻舎)。2024年末にはコロナ後の様子を加筆した増補版が新たに出版されたばかり。