TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】日本に来て

執筆:Jean Jullien

2025年4月14日

 2025年1月のはじめ、アーティスト・レジデンスのため、私は家族と一緒に東京へ引っ越しました。日本で私をサポートしてくれているNANZUKAに招待されて、2つの大きなプロジェクトに取り組んでいます。私たちは、豊島区目白にある「徳川ビレッジ」という、ちょっと不思議で、とても素敵な場所にある家に住むことになりました。

「私たち」とは、スタジオマネージャーとして一緒に働いている妻のサラと電車が大好きな9歳の息子ルー、元気いっぱいの5歳の息子ユーゴのことです。今回の東京滞在の目的は、大阪万博のフランス館のための大きなインスタレーションを作ることと、新しくオープンした上海の『Nanzuka Institute』で個展を開くことです。

 東京に着くと、広くて何もない家に入りました。日本庭園があり、近所には外で元気に遊ぶ子どもたちがたくさんいて、桜の木や鳥のさえずりに囲まれていました。世界でもとても忙しくてにぎやかな東京の真ん中に、こんなに静かで穏やかな場所があるなんて、本当にびっくりしました。パリでの慌ただしい毎日とはまったく違って、私たちにとってうれしい変化でした。

 NANZUKAが家にスタジオを作ってくれ、子どもたちもすぐに学校に通い始めました。私たちは思っていたよりも早く、新しい生活に慣れることができました。1月と2月は天気がよく、私は毎日太陽の光の下で絵を描きながら、少しずつ東京の街を楽しんでいきました。ファミリーマートがお気に入りになり、伊勢丹のキノコのパッケージや、読めない雑誌の表紙、山手線の窓に貼ってあるステッカーなど、身のまわりのものすべてを描きたくなりました。

 家にはほとんど家具がなく、キャンプのような生活でしたが、それも楽しい思い出。買い物をして少しずつ物を揃えていく中で、たくさんたまった段ボールを使って、ユーゴと一緒にモンスターやロボット、舟などを作り始めました。スタジオの中はどんどん絵や色、スケッチや切り絵でいっぱいになっていき、ひさしぶりに「遊ぶ気持ち」を思い出しました。きっと、最初から東京が合っていると感じられたのは、この気持ちを取り戻せたからだと思います。

 僕の仕事は、観察して、言い換えること。日常の出来事を、誰にでも伝わるような物語として表現しています。毎日のルーティンの中ですり減ってしまった、私たちが共通して持つ体験に、そっと手を加えるような作業です。いわゆる「ラットレース」と呼ばれるものですね。絵を描いて生きてる人間にもそういうのを感じることがあるんです。たぶんそのときは、少しだけ楽しくなさそうに絵を描いているのかもしれないです。

 なので、何かに飽きてきたら、その都度やり方を変えるようにしています。ドローイングから始まって、小さな紙のセット、そして絵画へ。そのとき、伝えたいこと」を「そのときの自分の言葉」で表現できるように、幅広いスタイルを試してきました。

 でも最近は、同じところをぐるぐる回っている感覚がありました。それが、ここに来て、身の回りのワクワクするものをそのまま描きはじめた瞬間、ぱっと消えたのです。

Profile

Jean Jullien

1983年、フランス生まれ。パリを拠点に活動。
イラストレーション、絵画、彫刻、インスタレーション、写真、映像、書籍、衣類、デザインオブジェなど、幅広い分野で製作を行う。
ニューヨーク・タイムズ、ナショナルジオグラフィック、エルメス、プチバトー、VOGUEなど、世界的なメディアやブランドとコラボレーションを行い、世界各地で個展を開催。
2025年は、大阪・関西万博にて〈Tara Foundation〉のための特別インスタレーションを手がけるほか、7月には上海の『Nanzuka art institute』にて個展「Le Château」を開催予定。これらのプロジェクトに取り組むため、一時的に東京を拠点としている。

Instagram
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