TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】灰色の空と赤い束

執筆:miu

2025年1月26日

ロンドンの冬の空は奥行きのない灰色で視界も情緒も定まらない。

「明日は晴れてほしい」

そう願いながら、寝ている間部屋のカーテンは開けたままにするのがいつの間にか習慣になっていた。

エミレーツスタジアムに試合を観に行く当日の朝も生憎のくもり。

私の頭の中にも靄がかかっている。

試合を楽しみに枕代わりしていたユニフォームを着るべきか迷っていた。

試合結果が良くないと

「自分がユニフォームを着ていたせいではないか」

と思ってしまうからだ。

脳内で感情を整理するために自分中心で世界が回ってるかのように因果をつなげ、納得してしまうのが人間らしい。

しかし、スタジアムに着くとそれまで気にしていたことがどうでもよくなった。

私のように

「アーセナルが好きだ!」

と思ったあの瞬間から、今日までの人生を過ごしてきた人たちを目の当たりにしたからだ。

私はこの人たちと赤い束になって戦うんだ。

その事実がただ嬉しかった。

日本にいる頃は、テレビで試合を観ていた。

カメラマンの視線越しの映像を観て実況を聞く、それが唯一の体験であり、それで十分だと思っていた。

しかし、実際に目の前で起きた瞬間的な出来事に対し、自分の体がどれだけ大きく動かされているか、肉体的な反応を感じると全く異なる体験だった。

鳥肌が立ち、喉が痛み、手を握りしめてできた爪の跡、緊張や焦りによって肩が硬直し、心拍数が変化していく。

広いスタジアムの中で自分の目で対象を選び、焦点を合わす。

周囲のざわめきから自分の耳で音やリズムを選び、声を出す。

たくさんの瞬間の中で無意識に選択を重ね、優先順位をつけている。

その素晴らしさを再確認した。

もう一つ、アーセナルが繋げてくれた特別な体験がある。

ある日、ライブ情報をチェックしていると、アーセナルのユニフォームを着たHak Bakerというミュージシャンを見つけ、その瞬間ライブに行くことを決めた。

フリーライブだったが、1ポンドのチップが必要だということを忘れていた。

キャッシュがないことを伝えると、Hakはハグで歓迎して中に入れてくれた。

その無償の優しさに対して自分の気持ちがなんとなくスッキリせず、近くのATMで現金を下ろしてグミを買い、お釣りを渡した。

するとHakが日本語で自己紹介をしてくれたのだ。

1人で来ていたのもあってその不意打ちに心がほぐれた。

歌の魅力だけでなく人間的な魅力にもファンは引き込まれているのだろうとライブハウスの一体感でわかった。

この出会いが偶然だったのか、引き寄せられたのかはわからないが、アーセナルが繋げてくれた瞬間であることに間違いはない。

今日も空は相変わらず灰色だがこういったたくさんの鮮やかな瞬間のおかげで私の心は小さく色づいてきた。

プロフィール

【#3】灰色の空と赤い束

miu

ミユ | 1996年生まれ、滋賀県出身。モデル。
19歳からモデル活動をスタート。
「ViVi」の専属モデルを経て、現在は国内外のファッションブランドの広告やカタログなどで活躍。

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