トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.7

写真・文/石塚元太良

2025年1月25日

 イヴァロ川で1番の急流地帯である「サールナコンガス」を超えると、流域で最も金の産出量を誇ったとされる「ルイカンムッカ」と呼ばれる土地がある。

 川が大きく東へ向けて蛇行していく外縁に位置するその場所は、確かに地図を広げて見ていると、砂金だけでなくいろいろなものが流れ着きそうな場所である。

 ルイカンムッカは1870年代から金の採掘、収集が始まりこれまで30キロ以上の金を産出している場所であるという。1871年の夏には20人以上のコミュニティーがあり、皆それぞれ砂金を求めて、その川の水を皿で濾し、砂金を探していた。また370gというフィンランドで一番大きな金塊が採れた場所でもあるという。

 政府からその土地を払い下げ、そこで得た金の所有権を得ていたミッタ・イルゥイッカは、ルイカンムッカから産出した金の収益により、北ボスニアの土地に、周辺で一番大きな家を建てたという記録が残っている。

 フィンランドの北極圏域から北ボスニアとは、地理的にだいぶ隔たりがあるが、ミッタは何かボスニアの土地に由来があったのか?その繋がりは定かではないが、とにかく19世紀末のゴールドラッシュとは、ここフィンランドに限らず、ニュージーランド、パタゴニアにアラスカ、それら辺境と呼ばれた土地にグローバルな人流を生み出した歴史的な出来事だったわけだ。

 現在、ルイカンムッカの土地には、1930年代に入植してきた「新しい」ゴールド・ディガーの建てた小屋が残されているという。小屋たちは100年の時を経て大自然の中に残されているわけだ。

 空は今にも雨が降り出しそうであるが、川の西岸にカヤックを接岸し、時間をかけて残されたものをフィールドワークする。小さな小屋とそれからサウナ。そして経年により崩壊してしまった小屋が2つと、外で調理を行なっていたであろう石窯。小屋は屋根材が朽ち始め、落ち葉が降り積り、きっと虫たちの格好の棲家になっているだろう。

 一番状態の良い建造物は、川へ近いところに残された小さななサウナで、重いその扉を押すと、湿気が臭った。内部にこっそりとお邪魔すると、内部が煤でびっしりと覆われている。内部の壁に触れると今でもべっとりとその煤が指についた。

 多分10㎡もないであろうその内部には、備え付けのベンチがある。ベンチの背後にスチームを逃すための小さな開閉式の穴があり、開くと少しだけ光が入り、内部を撮影できそうだった。

 その狭いサウナの内部になんとか大判のカメラを三脚ごと持ち込んで、撮影を試みる。三脚を立てるために、入口の扉を閉めないとならないが、その空間の闇に目が慣れてくると少しづつ薪の跡や、それから何かを吊るすために壁にかけていたハンガーみたいなものが見え始める。

 その空間はまるでカメラの内部そのものだった。蒸気を逃さないため設計された小さな小さな暗箱。黒い壁。そして少しだけ光を内部に導き入れる開閉式のシャッターのような穴。外部を写像する内部空間に、また写像機械であるカメラを持ち込む不思議。

 そしてその極小空間にいると妙に心が落ち着いた。世界から永遠に身を隠せそうな瞑想感。煤でベンチに腰掛けるわけには行かないが、息を潜めて、微細な光をフィルムに定着させるための長い露光時間の間、100年前のゴールドディガーに同化できるような気がしていた。

 外に出ると雨が降り出していた。陽の光の様子からして、ルイカンムッカの撮影は、明朝にするのが良さそうである。西側に建つ外観の撮影は朝の光が一番綺麗だろう。集落の端にタープで、自分の居場所を作り、降ってきた雨をやり過ごす。

 北極圏の土地では、天候が崩れると途端に夏でも気温が下がる。ダウンとダウンパンツを着込んで暖をとる。あのゴールドラッシュ時代のサウナを失敬して、内部を薪で温めて、暖まりたい。真剣に逡巡したが、もちろん歴史的なものであるからして遠慮する。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。