カルチャー

クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.26

紹介書籍『ゲリラガーデニング 境界なき庭づくりのためのハンドブック』

2024年12月15日

ルールには暴力でなくユーモアで対抗する

 自宅のポストに投函された不動産のチラシを見て「高っ」と呟いて捨てる。しかも、ここ2、3年でチラシに掲載される不動産価格は1千万円くらい上昇しているように感じるのは気のせいか。ポッキーが30円程値上げされていてコンビニで静かに動揺した私にとって、1千万円の値上げは非現実だ。首都圏の郊外、駅から遠いけどボロい町中華や銭湯がある街を私は結構気に入っているのだが、こんな庶民的な街ですら新しく土地を購入して所有できるのは限られた一部の人だけになってしまっている。賃貸住まいの私は自分が暮らす街に根を下ろすことができない。

 小さな空き地にはコピペしたような新築住戸が建ち、中途半端な空き地はコンクリートが敷き詰められて駐車場となる。土地を地べたの目線で「暮らしの場」として捉えることをせず、¥マークが透けた色眼鏡で「投資対象」として見る思想が街を空虚にし、世界をクソみたいにしている。と、恨み節のようなことを考えながら缶チューハイ片手に街を歩くパンクスには『ゲリラガーデニング 境界なき庭づくりのためのハンドブック』を差し出したい。

 目次に「なぜ闘うのか」「何と闘うのか」「武器」といった言葉が並び、ゲリラ活動をアジテーションしてくるその本のテーマは戦争ではなくガーデニングで、武器として使用するのは銃や爆弾ではなく、花や植物の種だ。

 ゲリラガーデニングとは、誰かの土地に勝手に庭をつくることを指す。もちろん、違法行為ではあるのだが、誰かが暮らしている家の庭に勝手に侵入して占拠するという暴力的なやり方ではなく、荒れた道端や放置された空き地にしれっと植物を植えるという平和的な手段によって行われる。

 とは言え、勝手に植えちゃダメじゃないか、自分が所有する土地で趣味的に園芸を楽しめばいいじゃないかと思うかもしれないが、ガーデニングが「自分が所有する土地で行う趣味」であるならば、都市に暮らす園芸好きのシティボーイシティガールにとってそれはほぼ実現不可能な趣味になる。なぜなら前述の通り不動産価格は高騰しまくっていて、自分の土地を所有することは限られた一部の富裕層にしかできないからだ。

 都市生活者は、植物を愛でる、作物を育てるという人間の根源的ともいえる行為を禁止されている。これは街の中でスケートボードが禁止されていたり、街の壁にグラフィティを描くことが禁止されていることに少し似ている。大きな者の権利が守られ、小さき者たちの自由は制限される。

 本書の著者がゲリラガーデニングのことを皮肉も込めて「闘い」と表現するのは、「土地の権利」や「土地を所有すること」の既成概念を揺さぶることで世界を少しでもマシなものに変えることを目的としているからだ。

 ロンドン在住の著者は自身が住む公団住宅の公共花壇が荒れて放置されていたことから、夜中にこっそり花壇をメンテして植物を植えるところからゲリラガーデニングをスタートし、徐々にその範囲を広げていく。ゴミが放置されていた花壇、雑草で荒れた道端が綺麗になって花が咲くと、その街で暮らす人々の心は豊かになる。

 ゲリラガーデニングによって街が綺麗になると、土地の評価が上がって不動産価格が上がるという不本意な副作用すら招きつつも、最終的に彼は区当局が委託していた造園業者の不正を暴き、住民からの後押しも受けて区当局から正式に花壇をガーデニングする権利を与えられる。

 著者は自身の経験を踏まえてこう綴る。
「ゲリラガーデナーはルールを破ることで社会の慣習に挑戦している。(中略)ゲリラガーデナーとして僕たちの大半が闘っている戦線は、民主主義社会の中にある。民主主義社会とは、意見を聞き、納得すればそれを受け入れるという十分自由な構造を持っている」(P.203-P.204)

 花と植物の種を武器にして、土地を使用する権利を勝ち取り、好きなガーデニングに打ち込む自由を手にした彼の闘い方はカッコいい。そして政治的動機より何より「ガーデニングが好きだから」という理由で続けているのも清々しい。

 好きだからやる。勝手にやる。理由は後からついてくる。仲間と連帯し、ルールには暴力でなくユーモアで対抗する。

 著者のアクションには、パンクスが大事にしたい要素が詰まりまくっている。

紹介書籍

クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.26

『ゲリラガーデニング 境界なき庭づくりのためのハンドブック』

著:リチャード・レイノルズ
訳:甘糟智子
出版社:現代書館
発行年月:2024年8月

プロフィール

小野寺伝助

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。