トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.2

写真・文/石塚元太良

2024年10月25日

 折りたたみのシーカヤックを背負って歩く感覚は不思議である。言ってみれば背中に船を背負っているのだから。1950年代から1960年代にかけて盛んに作られたこの「フォールディングカヤック」という折りたたみ式のカヤックのスタイルは、インフレータブル(空気を入れて膨らますもの)の軽量な艇が主流になってしまった昨今では、全く時代遅れのものである。
 
 重いし嵩張るが、一旦水辺に浮かべれば言うことなし。持参したフェザークラフトというカナダ製のカヤックの魅力は、おいおい旅の中で語ることにしよう。とにかく時代遅れの遊び道具を背負って、はるばるフィンランドの北極圏へ旅立とうとしている僕こそが、時代錯誤の遅れてきたゴールドディガーというべきか。

 けれど!偶然、僕以上に(!)大きなバックパックを背負った少年にバスターミナルで出会い、親近感と勇気が湧く。迷わずそのフィンランドの少年の写真を撮らせてもらう。なんでもこれから田舎に釣りに行くのだそう。そんな大きなバックパックを背負ってですか!?好きだな。フィンランド。都会でありながら自然がとても近いこの感覚がとても良い。

 19世紀末にゴールドラッシュのあったラップランドまでは、ヘルシンキから長距離電車とバスを乗り継いでゆく。まずはロバニエミという北極圏の都市に向かい、そこからイヴァロ川の流域近くまでは、定期バスが運行している。もちろん北欧の国フィンランドではそれら移動手段もとても快適である。長距離列車には食堂車が付いていて、ゆっくりとお酒でも飲みながら、車窓を眺めることができる。

 電車の車窓から流れる風景を見ていると、つくづくフィンランドの大地は日本のような起伏に富んだ土地とは違い、変化に乏しいなあと思う。平坦な森が延々と続き、たまに湖が視界を広げる。そしてまた続く森、森のち森。

 前回アーティストレジデンスをしながら滞在し、フィンランドの人と話をして思ったことは、北欧3国の中でもとりわけノルウェーに少しジェラシーに近い感情を持っているような気がした(これは完全に私見です。悪しからず)。隣国だけに生じる感情というか。

「ノルウェーには、フィンランドにはない広大な海とそれから山がある」と。確かに地図を広げてみれば、バルト海という内海に面している以外は、フィンランドはロシアとスウェーデンに挟まれるようにある内陸の国である。ノルウェーのように北大西洋に広く開け、起伏に富んでいんだ大地をもつ国土とは、同じスカンディナヴィア半島でも大きく異なる。それに比してフィンランドの国土は、言い方は少し悪いが「湿地帯」のような場所であることがわかるだろう。
 
 ヘルシンキからロヴァニエミへの長距離電車は、そんな細長い国土を約9時間をかけて850キロを北上していく。

 僕の今回の計画は、ロヴァニエミで公共のバスに乗り換えて250キロほどをさらに北上し、サーリセルカという集落まで移動して、そこから残りの40キロほどを徒歩でイヴァロ川流域に向かい、そこで持参したカヤックを組み立てて70キロ川を下り、イヴァロの街まで向かおうというものだ。

 問題は重量30キロのシーカヤックと、食糧と野営道具の全てを、レンタカーで着水地点にデポし、ロヴァニエミまで今一度引き返し、レンタカーを返却しなくてはいけないこと。
 
 なぜなら徒歩でそれら全ての荷物を抱えて40キロの道のりを行くのは困難。かといって何日かかるかわからないまま、川の着水ポイントにレンタカーを置きざりにもできない。

 ロバニエミからのそんなオペレーションを黙々とこなし、サーリセルカの集落に戻った時点で本日はタイムアップ。時刻は夜の11時を回っていた。ほとんど太陽の沈まない6月の北極圏では、その明るさからついつい夜間まで行動してしまうが、知らず知らずのうちに疲労が蓄積していくのも今の時点では、知るよしもない。

 ヘルシンキで見学した建築家アルヴァ・アールトの自邸が素晴らしかったので、ロヴァニエミでは彼が設計した公立図書館を見学した。端正だが色気のあるデザインにしばし感銘を受けた。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。