TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】熊2/2

執筆:渡部萌

2024年10月20日

あまり奥へ行きすぎない様に、と思いつつ(なんか糞が落ちてるなあと思いつつ)、
進むほどに、土は柔らかく、蔓は太くて長く延びている。
そろそろ引き戻さないと、と思うのに、目の前に続く良質な蔓に見切りを付けられない。

少し開けた所に出た。

木が高く、光も柔らかく気持ちのいい感じ。
右側の木の上に大きな猿が2頭、こちらに気づいて、向こうへ去った、木がゆっくりと揺れる。

ここは境界線かなと思った。

でもすぐそこにある何本かだけ採って、そうしたら戻ろう。

屈んで、数本の蔓に手を伸ばし、ふと見上げると、20mほどの距離で黒い熊がこちらを見ている。
気づけばヘリコプターの音もなく、しんとして、見つめ合う数秒。

若干近づいてくる?

ウエストポーチから携帯ラジオを取り出してボタンをスライドさせて、ONにする。
人がたくさんいる感じにしよう、と咄嗟に思った。
山の中だから電波が入らない、ボソボソという音が鳴る。
音量を上げ、周波数を回したとき、キィーーーーーーという高音が鳴った。

その瞬間に熊は真反対の方向へ走り去った。

とにかく来た方向に戻ろう。

ラジオを鳴らしたまま足速に進む。
良く見れば、地面にはたくさん熊の糞が落ちていて、その間にニョロニョロとアケビの蔓が生えている。
来た時よりも薄暗い。私は生きているのかな? と夢心地になりながらも、何本か蔓を採った。

自然の中で、自分の状態に対してこのように直接的な応答があるのだと思い知る。

私は昔話の欲深じいさんだった。

車に戻って山を降りる間も人気が無く、翌日友人に会った時、やっと現実に着地した感じがした。

プロフィール

渡部萌

わたなべ・もえ|1996年、東京都生まれ。植物素材を採集して、かごを制作している。年に数回の展示会を中心に作品を販売。次の展示会は2025年の夏ごろに愛知県の『MATOYA』にて開催予定。

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