カルチャー

“東京で最後の一軒”が守り続ける日常道具を買いに『岩井つづら屋』へ。

東京五十音散策 水天宮前②

2024年10月12日

photo: Hiroshi Nakamura
text: Ryoma Uchida
edit: Toromatsu

東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「す」は水天宮前へ。

 水天宮前から人形町方面へ。すき焼きの名店「人形町今半」や創業400年以上の和菓子店「玉英堂彦九郎」など、老舗の店舗が軒を連ねるこのエリア。取材当日の日曜のお昼は、観光をエンジョイする旅行客やハレの日を楽しむ着物姿のマダムたちの姿もちらほら。明治座まで続く「目抜き通り」ともいえる「甘酒横丁」を散策してみると、“東京で最後”のつづらの専門店『岩井つづら屋』が見えてくる。

 つづらとは、ざっくりいうと「収納箱」のこと。その成り立ちは「生類憐みの令」で知られる江戸幕府5将軍・徳川綱吉の時代。婚礼の道具として作り出され、庶民にも徐々に浸透した。その最盛期は明治・大正時代で、呉服の街としても名高いこの日本橋付近には、たくさんのつづら籠職人がいたんだとか。今では残すところ「岩井つづら屋」一軒になってしまった。

 創業については「正確にはよくわからないんです。」というほどにこのお店には歴史が積もる。おおまかに文久の頃(1860年頃)に、人力で人を運ぶ江戸の“タクシー”、駕籠(かご)屋として始まったここは、いつしかつづらの製造をはじめ、現在は6代目・岩井良一さんがその仕事を引き継いでいる。取材日はその弟の恵三さん、直子さん夫妻が応じてくれた。

「製造方法は江戸から変わらないんです。ただ最近は、つづら屋を存続させるために、材料を集めるのが大変ですね。和紙や、縁に使うための蚊帳(かや)なども、古着屋さんやリサイクルショップを巡って探しています。蔵や押入れに眠る蚊帳があったらぜひ教えていただきたいです」

6代目当主・岩井良一さんの弟・恵三さん。良一さんが伝統的つづら作りを継承し、弟の恵三さん直子さん夫妻が、新しい商品や企画の考案・情報発信を行い「岩井つづら屋」を守っている。

江戸から変わらないという製造方法。まずは竹かごを作成し、和紙を貼って強度を持たせる。

大きいサイズのものはこの蚊帳を用いて縁を巻く。今ではなかなか入手しづらいという。

果物の柿からだす“渋”(柿のジュース!)である「柿渋」を塗る。日本に昔からある塗料の一つ(写真左から2番目の茶色のつづら)。防虫・防カビ効果があるのだ。店内には「中央区まちかど展示館」としてミニ博物館のような形で、その工程や資料が展示されている。

最後にはカシューナッツを原料とした漆を塗布する。適度に湿気があるとさらに長持ちするので、日本の風土にも合っているのだ。

「つづらを作るために使っているのはほとんどが自然に由来するものなので、SDGsなんですよ。世の中のいろんなものがまさに循環して、ひとつのつづらができるんです。使っていただいたものはお直しもきくので、ずっと使えるんですよ。」

 実際につづらを持ってみると、その軽さにびっくりする。大火の多かった江戸では、すぐに持ち運びできる箱が重宝されたんだとか。江戸や明治の話に限らず、その利便性や品の持続可能性は現代にこそ必要だ。かつての生活の姿を感じつつ、本でも、小物でも、服でも、ペットでも、なんでも受け入れる広い度量のあるその籠には、岩井さんの真心が既に”籠って”いる。ずっと昔から庶民に愛され、時間や流行を超越した、クラシックな一生ものの一品を、ぜひ手に取ってみては。

お店の看板犬「すずめ」ちゃん。つづらにもすずめのマークが!

紋・マーク、名入れも依頼できる。これはかつて使用した型。オリジナリティあふれるマークを依頼できるから、世界に一つだけの自分だけのつづらを作成してみては。 左下の紋章は、かつての職人が手作業(!)で制作したもの。

籠は最も小さいサイズの「小物入れ」(¥8,250)〜最大サイズの「つづら大」(¥72,600)まで様々な種類がある。人気は「文庫」と呼ばれる「手文庫小、大」(¥15,400、¥16,500、写真左奥)だ。

漆を入れる漆桶。年季が入り、縁が丸みを帯びていて、なんだかかっこいい。

大正期時代に撮られた一枚だ。人形町の街並みの雰囲気は今と通ずる。

エプロンもクール。

インフォメーション

“東京で最後の一軒”が守り続ける日常道具を買いに『岩井つづら屋』へ。

岩井つづら屋

依頼があれば、通常2〜3ヶ月で製造する。色は朱・溜(茶)・黒の3色から。店舗では月に一度の和雑貨市を開催(現在は休止中)。子箱や手作り雑貨が並び、つづらの購入にハードルが高い人でも楽しめる。子箱作成のワークショップも不定期で開催しており、メールアドレス(info@tsudura.com)に連絡をしておくと、開催時に教えてくれるよ。

◯東京都中央区日本橋人形町2-10-1 ☎︎03・3668・6058 日、祝・休

Official Website
https://tsudura.com/