TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】恐怖の安達太良山、引き返す勇気

執筆:片岡メリヤス

2024年10月3日

 これまでの登山の中で、ギリギリの所で山頂まで登らず途中で引き返した山がある。福島県にある標高1700mの安達太良山(あだたらやま)だ。

 2012年5月、旅行ついでに登山という軽い気持ちでアタック。登り始めは遊歩道的な平和な登山道だった。奥岳から勢至平を登ったと思う。登山者もまぁまぁいる感じ。うす曇りのなか樹林帯を歩き、汗をかくほどでもなかった。徐々に登っていくと、ガスってる山頂が見えて風が強いな〜くらいの印象。

 安達太良山は遠くから見ると山の先っちょに乳首があるおっぱいみたいな形と言われている。昔のことだから記憶が曖昧だけれど、乳首より手前の開けた場所から山の様子がガラッと変わった。

 岩場になり、いきなり強風。残雪もあった。さらに登り進めると爆風に変化。そして猛烈な爆風、動けない爆風にまでなり、私は四つん這いになってその辺にある小さな石を掴むほど必死に。

 両手両足どれも地面から離せない、離した瞬間にバランスを崩して吹っ飛ばされそう、前に進めない、目もはっきりと開けられない。身体をほとんど地面につけた四つん這いなのに風に煽られ揺れる身体。

「もうこれ以上登れない!引き返す!引き返す以外考えられない!」

 断固たる決定。山の中で自分にこんな決断力があるとは! 一緒に登っていたTは私より体幹も体重もあるから吹っ飛ばされるほどではなく山頂まで行けただろう。せっかく福島まで来たのに山頂まで行けないのは申し訳ないけれど、私は絶対にこれ以上は行けないと思った。山ではよっぽどのことがない限り別行動をしないのが鉄則。Tは私の状況を理解し、「よし!戻ろう!」と即答。

 爆風エリアから必死に戻り (と言っても短い距離だったと思う)、開けた場所まで戻るもガ スってて視界が不明瞭。視界が悪い中進んだ尾根に違和感を感じて、一回戻ろうとお願いをした。どこにも道標が無かったから不安になったのだ。とにかく私はビビりまくっていて、めちゃくちゃ慎重になっていた。道標が確認できるところまで戻ったらやっぱり行くべき方向が違っていた。良かった。

 少し下ると爆風は収まりさっきまでの状況が嘘のよう。人も増えた。何人かと話したけれど、途中で引き返した人が何人もいた。そんな中、山頂まで行って降りてきた人がいた。屈強な体格の男性2人組。いかにも強そう。その人たちでさえ「吹っ飛ばされるかと思った」「ギリギリだった」と言っていた。

 どうやら台風が接近していたようだった。

 あれから何回か爆風下で登山をしたことがあるけれど、あれ以上の爆風を感じたことはない。今では自分の中に「爆風メーター」が完成して、体感で危険度をランク分けできるようになった。たまに高速道路から遠くに安達太良山が見えると「登れなかったな〜」とあの時のことを思い出す。

 山は常に恐れと表裏一体。どの山が最高だった、最悪だった、怖かったかは、全て個人の主観であり天候次第とも言える。“山を舐めるな”とは、天候を舐めるな、自分の体力と技術と経験を過信するな、ということ。

 これからもずっと、怖がってビビり倒して山に登りたい。

プロフィール

片岡メリヤス

2011年から作家活動を開始。飾るだけではなく遊べて愛のあるぬいぐるみを制作する。また自ら脚本出演も行うオリジナルの人形劇を各地で上演しているほか、漫画、ドローイング、木工、粘土など様々な作品を手掛ける。近年は異ジャンルのアーティストとのコラボレーションや広告への作品提供など幅広く活動中。

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