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問う/文・上白石萌歌

ひとりがたり Vol.7

2024年10月15日

ひとりがたり


photo & text: Moka Kamishiraishi
illustration: Jun Ando

「玉ねぎ 芽が出た 食べられるか 知恵袋」
お恥ずかしながら、現在、わたしのスマホの検索履歴の1番上にくるのがこのワードだ。

絶対に「玉ねぎ 芽が出た 食べられるか」だけの方が検索しやすい。し、早い。
なのにわたしは事あるごとに「知恵袋」と付け足して検索してしまう。デジタルネイティブ世代の癖だろうか。はたまた、わたしだけなのか。

検索ボタンを押すと、まさしくわたしと同じ困り顔の質問者さんが、ひとり、切実に世界に問いかけているのをみつける。

「玉ねぎから芽が出てしまったのですが食べられますか?
もしくは土に植えたら玉ねぎができますか?」

この人もわたしと同様、そういえば前買ってたのまだ残ってたや、と、冷蔵庫から芽の伸びたピクミンのような玉ねぎを取り出し、眉をひそめながら台所に立ち尽くしていたに違いない。会ったこともない、どんなすがたかたちをしているかもわからないこの人に、どことなく親近感を覚えた。

「もちろん食べられますよ。玉ねぎの芽は、ジャガイモの芽のように毒素は持っていませんし…」と親切な回答者さんが答える。

見知らぬひとが投げかけた問いに、見知らぬひとが答える面白おかしさ。常に殺伐としたつめたいインターネットの世界のなかで、ここだけはご近所同士の立ち話のような、軽やかなぬくもりが存在しているように思える。

紐づけられた関連の質問も辿ってみる。写真付きで、「この花の名前がわかる方がもしいたら教えてください」というふうなほのぼのしたものから、「最近塩大福食べましたか?」とかいうよくわからないものまで、無限に問いが出てくる。

知恵袋のなかには、もっと踏み込んだ、心の内を世界にさらけだすような問いかけも存在する。自分のこんなところが人とは違ってコンプレックスです、とか、職場での人間関係に悩まされています、とか、いまこんな不安に押しつぶされそうです、とか。絶え間なく芽吹き続ける問いの、その多さに驚く。ひとの数だけ、日々の数だけ悩みがあるのだなぁ。

ふと考える。人は、人に言えることと言えないことの、どちらが多いのだろう。自分の心の内側で生まれたもののうち、そのどのくらいを人に打ち明けることができるのだろう。

毎日息を吸っているだけで生まれ続ける問いや悩み。どれだけ信頼できる友人や家族がいても、そのひとつひとつに立ち向かってゆけるのは自分だけだ。

知恵袋は、みんなひとりなのだ、ということを最も痛感させられる場所なのかもしれない。誰にも言えない(人に言うほどでもない、という場合もあるが)、けれど誰かに手を差し伸べてもらいたいことを、みんな海に向かって叫ぶように問うている。

問うひとと答えるひとは死ぬまで一度も顔を合わせることはない。奇妙なやりとりだが、ふとしたワードに心を拾われることがきっとあるのだろう。それを外側から見ているわたしも、うっかり救われたり、なるほどと膝を打つことが結構ある。

用法用量は守りつつではあるが、ひとり、誰にも言えないしょうもない問いが生まれたとき、どうしようもなく心がさまよいそうになったとき、見知らぬだれかの知恵を借りてみるのもいいかもしれない。

ひとこと
すっかり肌寒くなってまいりました。こんな季節はすこし湿度ある音楽が似合います。最近の個人的ヒットは、愛するClairoの新しいアルバム「Charm」。いつかライブに行ってみたいなぁ。

プロフィール

問う/文・上白石萌歌

上白石萌歌

かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。adieu名義で歌手活動も行う。

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