ライフスタイル
見えない鱗/文・上白石萌歌
ひとりがたり Vol.6
2024年9月30日
大きく吸い込んだ息を止めて、音と重力のない世界へ潜り込む。小さな泡とともに静かにわたしの身体に湧き上がってくる高揚。ぐんと力強く足の裏で壁を蹴り、全身の見えない鱗をなびかせるように、わたしは前へ動き出す。
飽き性なわたしでも、長年ずっと習慣として続けられていることがある。それは、泳ぐことだ。
いつの日からかわたしは泳ぐ、ということに縁がある。
ドラマ『3年A組』(2019年)ではクロールを、大河ドラマ『いだてん』(2019年)では日本初のオリンピック女子金メダリストである前畑秀子さん役で平泳ぎを、映画『子供はわかってあげない』(2021年)では背泳ぎを。
ありがたいことに、気がつくと年の半分以上、役として水泳に関わらせてもらっていた時があった。残すはバタフライでわたしの女優人生個人メドレーは完泳ってわけだ。『ガンジス河でバタフライ』のリメイクをやるならば、ぜひともわたしに…! と密かに願っている(笑)。
わたしが水泳をはじめたのは小学4年生の頃。もともと水泳が大の苦手だったわたしはそれを克服すべく、祖母が通っていたスイミングスクールに通いはじめた。はじめは水に顔をつけるのがやっとだったが、愛のある先生たちのおかげでみるみる泳ぐことが大好きになっていったのだ。
夏休みのスイミング講習では毎日のように教室に通い詰めた。朝早起きしてラジオ体操をし、そのままスクールバスに乗ってスイミング講習へ。思えばあの頃がもっとも理想的な、絵に描いたような夏を過ごせていたような気がする。
大人になった今でも、多い時は週に1、2回ひとりで泳ぎに行っている。1時間ほど休みなしでのんびり泳いだり歩いたりを繰り返し、もうそろそろ満たされてきたなーという頃に泳ぎ終える。タイムを測ったり、ラップ数をかぞえたりもしない、本当に気ままなおひとりスイミング。
心身ともに健康でタフであるために泳ぐ、というのもあるが、いちばんは水の中の静寂にこの上ないやすらぎを感じるからだ。
水中で動かす手足は鉛のようにずっしりと重たいのに、泳げば泳ぐほどどんどん軽やかになってゆく頭と身体。息のできない世界は、苦しいはずなのにふしぎと心地がよい。泳ぎ終えてプールサイドに上がる頃にはすっかり背中に羽がひろがり、このまま飛んでゆける! と毎回本気で思ってしまう。
以前占いの番組に出演させていただいたときに「萌歌さんの前世は海とか川とか、水の近くに関係してますね〜」と言われたことがあるが、なんだかそれもしっくりくる。いつも水の中にいる時は終始安堵につつまれ、ひとつの雑念も生まれない、凪のような心になる。
もしも本当に前世というものがあるとするならば、わたしの前世はクマノミか、はたまたシーラカンスか?? くだらないけれど、そんなことを考えると胸がワクワクする。わたしは本能的に水の中に居場所を求めているのかもしれない。
それに、泳いでいる時は誰だってみんなひとりだ。色とりどりのレーンロープが続く大きな浴槽の中で、みんな己と向き合いながらせっせと泳いでいる。25m泳いだらターンしてまた25m。すこし機械的でリズミカルな構造が、なんとなく心を落ち着かせてくれる気がする。泳いだ後の塩素の香りをふんだんに纏った髪の毛も、なんだか嫌いになれないんだよなぁ。
わたしにやすらぎを与え続けてくれるスイミング。これからも、ロマンティックに前世に思いを馳せながら、身体中の見えない鱗を思い切りなびかせ、のびのびと自由に泳ぎ回っていたい。
ひとこと
近ごろは新しい作品に向き合う日々です! 新たな挑戦がたくさんあって、わくわくするねぇ……。お伝えできるのはまだ先ですが、ぜひ楽しみにしててください!
プロフィール
上白石萌歌
かみしらいし・もか|2000年生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。12歳でドラマ『分身』(12/WOWOW)にて俳優デビュー。ミュージカル『赤毛のアン』(16)では最年少で主人公を演じた。映画『羊と鋼の森』(18/東宝)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。主な出演作にドラマ『義母と娘のブルース』(18/TBS)、『教場Ⅱ』(21/フジテレビ)、『警視庁アウトサイダー』(23/テレビ朝日)、『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(23/TBS)、『パリピ孔明』(23/フジテレビ)、『滅相も無い』(24/MBS)など。adieu名義で歌手活動も行う。
Instagram
https://www.instagram.com/moka____k/
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