ファッション

やっぱり外が好き。

スタイリスト・長谷川昭雄と考える、2024年のシティライフ。

2024年4月27日

ぼくと服と東京の暮らし。


photo: Seishi Shirakawa
direction, styling & text: Akio Hasegawa
grooming: Kenichi Yaguchi
text (dialogue): Neo Iida
edit: Shigeru Nakagawa
2024年5月 925号初出

右/モヘアとウール混紡のオーバーサイズドジャケット¥603,900、スムースシルクポプリンのオーバーサイズドボタンアップシャツ¥218,900、モヘアとウール混紡のパンツ¥262,900(すべてザ・ロウ/ザ・ロウ・ジャパン☎03·4400·2656) Tシャツとスニーカーは私物 中/ヘビーフレンチテリーのポロスウェットシャツ¥218,900、ヘビーフレンチテリーのスウェットパンツ¥207,900(ともにザ・ロウ/ザ・ロウ・ジャパン) Tシャツとスニーカーは私物
左/コットンポプリンのオーバーサイズドシャツ¥196,900、コットンキャンバスのオーバーサイズドペインターパンツ¥163,900(ともにザ・ロウ/ザ・ロウ・ジャパン) Tシャツとスニーカーは私物

――ヨーロッパには「アペロ」という習慣があるんですよね。

長谷川昭雄(以下、長谷川) そう。ディナーの前にお酒を嗜む文化。こういう『ブラン ア トウキョウ』みたいな店でアペロを嗜むって、なんかいいんじゃないかなと思って。

――豪徳寺にあるお店ですね。

長谷川 店主の大谷さんが初対面でも遠慮せずにいろんな話をしてくれる、すごく気さくな人なんだよ。あと山口さんてソムリエの女の子も明るいし、ふたりともいいなあって。やっぱりどんなに素敵なお店でも、店主がいい感じであるっていうことは第一前提だと思うから。

――気負いなく行けるっていいですね。

長谷川 あ、でもモデルのみんなが飲んでるのは発酵ジンジャーエール。大谷さんの地元の埼玉で作ってる、いろんな味のジンジャーエールが置いてあるんだよ。

――飲めない人も嬉しい。

長谷川 そうだね。確かパリの飲食業態って呼び方がいくつかあるんだって。カフェ、食堂、レストランみたいに分かれてて、大谷さんが働いてたのはフランス語でなんて言ったかな。

ザ・ロウのコットンポプリンシャツ
外の席は最高だ、外か中かと聞かれたら、迷わず外だ。特に春は気持ちいい。この季節に着たくなるのは、やっぱりシャツだ。特に、今年の春、なぜかすごく着たい。そんな欲求に駆られている。きっと、どこかでシャツ作りの話を聞いたからだろう。どうやら、シャツっていうのはたくさんのディテールがあって、それがブランドごとに違うのだ。その個性が違うから面白い。そして、お金をかければどんどんクオリティも上がっていくのが洋服。特にシャツは、原料、生地、運針数、カフスや襟、前立て、ヨークなど、こだわれる箇所が山ほどある。知れば知るほど見て味わってみたくなる世界。ワインとどこか似ているのかもしれない。このドレスシャツは、あえて少しオーバーサイズに仕上げたもの。極上のスーピマコットンで極細の糸を撚り、イタリアで200年以上続く、老舗工場で織り上げられたポプリン生地を使用している。バックヨークに施した2本のプリーツと、長めのレングスに設計されたパターンによって、優しい肌触りの薄いブルーの生地が、優しく体を包み込む。ロゴはあえて、どこにもない。でも質の高さは一目瞭然。着ている人の品格を上げてくれる。最高級なシャツこそ、あえて超シンプルに着る。そのほうが、断然かっこいい。いい服は、ごちゃごちゃさせる必要なんてない。それに、着心地の良さは、何にも代え難い。コットンポプリンのオーバーサイズドシャツ¥196,900、コットンキャンバスのオーバーサイズドペインターパンツ¥163,900(ともにザ・ロウ/ザ・ロウ・ジャパン) Tシャツは私物

――ビストロですかね?

長谷川 いや、違う。……なんだっけな、忘れちゃった。飲んでもいいし食べてもいい、大衆食堂みたいな。ぎゅうぎゅうでパンパンでいつも盛り上がってる、気楽な店にしたいんだって。菊川の『みたかや酒場』みたいな感じじゃない? そんな発想で外の席も作ったのかな。

――外で飲むの気持ちよさそうですね。

長谷川 僕は、外の席があれば絶対外に座りたいんだよね。『アヒルストア』でもよく外で飲んでたし、神楽坂の『ORI』に行ってもそう。できれば外がいい。ロンドンでもパブを覗くと、みんな会社が終わった17時くらいから飲んで、18時くらいにはもう家に帰っちゃうんだけど、ほんと1杯だけ飲みに行く習慣があって。外に人が溢れてて、ということは中もすごいのかなって店内を覗くと誰もいない。みんな外が好きなんだよね。そういうのがヨーロッパ的なのかなと思う。

――下町的とも言えますね。

長谷川 確かに。

蝦夷鹿のハンバーグとパン盛り
蝦夷鹿肉のハンバーグは、あっさり上品な味わいなのに、旨味たっぷりで、しっかりジューシー。そして、意外なほどに、まったくクセがなかった。ジビエが苦手な人にもぜひ、食べてみてもらいたい。お肉を口に頬張る合間に、上にのせられた目玉焼きを崩して、パンにディップ。そして、赤ワイン。このループが止まらなくなるが、心配はいらない。ここのパン盛りは食べ放題。歩いて30秒の場所にあるベーカリーで焼き上げたパンが無尽蔵に届く。だからか、食べ終わったはずのお皿たちのほとんどは、パンでソースがしっかり拭われ、すべてピカピカにされていた。蝦夷鹿のハンバーグ¥1,200、パン盛り(食べ放題)¥350

――料理もおいしそうですねえ。肉肉しくて。

長谷川 うん、おいしかった。大谷さんは食堂がやりたいから、作るのは洋食がベースで、だから鹿肉のハンバーグには目玉焼きがのってる。軟らかくておいしかった。パンはもう一つの店舗で焼いたものを持ってきてくれる。なんかね、埼玉にも3店舗あって、そっちではコース料理のかちっとしたお店をやってるらしく、だからここではお客さんと会話がしたい、みたいなことを言ってた。大谷さん、お話が好きなんだろうね。色々喋りたいんだろうなって。

――ワインがあるとより会話が弾む気がします。どんなものを置いてるんです?

長谷川 フランスのワインを中心に置いてるって言ってた。色々飲んだけど、フランスのワインがいちばん好きなんだって。

――ヨーロッパのワインの歴史は深いですもんね。辿ると宗教の話にも繋がっていきますし。

長谷川 ああ、そうなんだね。

フランスのナチュラルワイン
ワインがよくわからない人にも、楽しく飲んでほしいという。だからいつもちょうどいい価格で味わえる、グラスワイン用のボトルをこんなふうにたくさん用意してくれている。こちらのオーナーシェフ・大谷陽平さんが修業を積んだのは、パリで人気のビストロ『ル・ヴェール・ヴォレ』。ボトルにプライスを書き、小ぶりのグラスでワインを楽しむスタイルを生み出した老舗の居酒屋のような飲食店。そこでナチュラルワインを学んだだけあって、取り扱うワインの9割はフランス産。そして、この日出していただいたのは、すべてがフランスワインだった。「色々なものを飲んできたんですが、やっぱりフランスのワインに戻ってしまいましたね。フランスのワインって、しっかりとコクがあり、味に深みがあるんですよね」と大谷さん。グラスワイン¥950~

長谷川 『ブラン ア トウキョウ』は内装がいいよなっていうのが最初に感じたこと。まだできて間もないんだもんね。

――そうですね。昨年の10月にオープンしたそうです。

長谷川 ここの内装の何がいちばんいいと思ったかって、色彩も素敵なんだけど、いちばんはダウンライトをほとんど使ってないところ。東京ってほとんどの店がダウンライトなんだよね、残念なことに。

――どんなところが残念なんですか?

長谷川 例えば料理か何かを撮ろうとすると、影がいくつもできてすごく汚くなっちゃうわけ。あと明るすぎる店って疲れる。もっと暗くていい。

――なるほど!

長谷川 間接照明を使えば光がぶつからないから、食べ物も綺麗に見える。『ブラン』はほとんどの明かりがランプで、ダウンライトはキッチンスペースに一個あるだけ。それも作業上、ないとできないから付けたんだって。

――面白いですね。大谷さんによれば、内装をやってくれた鈴木(一史)さんに「和の文化を入れたい」と相談をしたら、行灯みたいなイメージのライトを探してくれたそうですよ。

ブラン ア トウキョウ
ワインバーの店舗と、そこから目と鼻の先にあるベーカリーの店舗。設計は、ともに大谷さんが信頼を寄せる鈴木一史さんによるもの。ベーカリーを「陽」、このワインバーを「陰」と位置付け、壁面の色を分けたそう。照明器具は、僕の友人で、京都の人気飲食店の照明を数多く手掛ける『ARUSE』の有瀬肇さん。鈴木さんとはいくつかの物件を一緒に作ってきた盟友だ。僕による、いい加減な調べによると、東京の街は多くのお店がダウンライトだ。それに比べて、京都は大抵、ヴィンテージ、あるいはそういった雰囲気の照明器具であることが多い。でも、そうした光の下で見つめると、料理もおいしそうに見えるし、空間は素敵になる。きっと、光と光の間の暗い闇の部分に、侘び寂びがあるんじゃないのだろうか。「最初は暗すぎないか心配だったのですが、今では心地いいですね」と大谷さん。暗闇にぼんやりとした明かりが灯されるさまは、まるで京都のようで、そしてパリのようでもある。

長谷川 僕も暗いほうが好きなんだよね。落ち着くな、みたいな。

――長谷川さんのスタジオもそうですね。

長谷川 わりと暗いね。(『AWW MAGAZINE』の)加藤が来てびっくりしてた。「なんかあったの?」って(笑)。でもそのほうが僕は好きで。京都を歩いていると、今から行く店やってんのかなって思うくらい真っ暗なわけ。20mくらい先の店が見えない。近づいていくと開いてるのがわかるけど、近づかないとよくわからないくらい暗めなの。京都はお寺も基本、暗いし、庭から入るサイド光だけ、みたいな美しさに通ずるものがあるのかもしれない。

――鈴木さんの設計って一見ポップなのに、和を感じるって面白いですね。

長谷川 ほんとだね。ガードレールみたいな外の席もそうだし、取っ手にもこだわってるし、扉に入れたロゴの使い方もうまいしね。でもかわいらしさのなかに陰影があるというか。関さんはあのストイックさで、デザインとして何もない状態を作ってるけど、いいディテールがいくつもあって。鈴木さんはもうちょっと作り込みながらも調和させながら、そういう〝見せ場〟を作ってる。そういう意味では、違うようでいて、近いものがあるのかなとも思う。

インフォメーション

ブラン ア トウキョウ

◯東京都世田谷区豪徳寺1-36-3 ☎080·1176·2832 17:00~24:00(LO23:00)、土・日15:00~22:00(LO21:00) 不定休