ファッション

色調を決めてワードローブを作る。

2024年2月18日

HOW TO BE A MAN


photo: Kazuharu Igarashi
text: Tamio Ogasawara
cooperation: Koji Toyoda
2015年12月 824号初出

大人への道中、時に迷うことがあっても、慌てず騒がず諦めず。自分を見失うことなく着実に歩を進めるべく、携えてほしい一冊がある。それは、昭和を代表する時代小説家、池波正太郎が残した『男の作法』。身だしなみ、食、女性、家……。1981年、58歳の池波センセイが自身の来し方より導き出した、微に入り細を穿つ“大人の男のあり方”は今もなお、僕らの心に響く。

フランク・リーダー
アイキャッチ用
フランク・リーダー|〈フランク リーダー〉デザイナー。1974年、ドイツ生まれ。ニュルンベルク育ち。現在はベルリンを拠点に活動中。夏になると色調はブルー中心となる。クルマはBMW 1602のアトランティック・ブルー。

男の作法』より
自分に合う基調の色というのを一つ決めなきゃいけない。そうすれば、あとは割合にやりやすいんだよ。ぼくは、このごろこそ紺も着るし黒も着るけど、昔はほとんど茶が多かった。だけど、ぼくの茶というのは黒い靴を履いてもおかしくないような茶にするわけ。

素材を愛でれば、色は自ずと決まる。

「男は無精者で、しかも忙しい生き物だ……」。なんて、ハードボイルドな本に出てきそうなタフネスな男性像も、シティガールが聞いたら男のダサい“言い訳”にしか聞こえない。実際には、そんなに無精者でもないし、そこまで時間もないわけじゃないんだけど、服を着るのに、正直ファッションショーを朝から繰り広げている暇はない。お洒落を心得る大人ほど、自分に合うカラーパレットと定番パターンを持っているもので、毎朝これを上手にやりくりしながら、仕事場という戦場に向かうのだ。池波センセイも「服装で職業がわからないと」とか「色の感覚は磨いていかなければならない」と口を酸っぱくしておっしゃっている。

 では、自分に似合う色をどう決めるべきか。かぶり慣れないベレー帽を毎日かぶっていたら、ある日ふと、切っても切れない関係になっているように、その色の服ばかりを着続けたら、その日は突然やってくるのか。髪の毛の色、目の色とマッチする色がいいとも聞くが、日本人だと皆一緒かも、なんて考えていたときに、目の青いドイツ人を思い出した。フランク・リーダーの展示会に行くたびに目を奪われる、シックかつ品のある色調の統一感。ワードローブの作法の教えを請うのにまさに適任ではないか。ハロー、フランク。

「ごめん、眼鏡だけ洗面所に忘れてきちゃった。それ以外はボクのワードローブを持ってきたよ。でもね、ボクは色を揃えているつもりはないんだ。好きなナチュラルな色調の生地をヴィンテージで選んだり、古い工場で作ったりしているだけ。色というよりは素材なんだよ」。好きなのはウール、リネン、ディアスキン。これらの素材は本来の姿をそのまま生かしたものがたしかに多い。「洋服の極致はマテリアルである」と山口瞳センセイも言っていたが、まさにそうかも。これらを眺めていると、階調は異なれど素材にこだわった茶やグレーがほとんど。でも、たまに赤。今日のパンツもエンジ色とどこかに“赤”を入れる。池波センセイも「ツイードの黒の上着に、フラノのグレーのパンツ、黒い靴。同じ無彩色だから赤いネクタイでもすれば品が出る」と言っていた。まとめるに、好きな素材を集めていたら、自然と自分に合う色が決まっていた、なんて話が肩肘張ってなくてお洒落な気がする。

冬のシャツはウール素材で、形は定番型を選ぶ。

フランク・リーダー
「ボクの冬のシャツのスタンダードはウールもの。形は他の季節と変わらずに、ほとんどがレギュラーカラーのボックスシルエット。たまに丈の長いオールドタイプ。ウールは暖かいのはもちろん、冬ならではの濃いめの色を楽しめるのがいいところかな。あと、シャツを選ぶときに気にするのがボタン。必ず手に触れるところだからこそこだわるのも、シティボーイの作法でしょう(笑)」

雨除けにもなる、一生ものの分厚いウール。

フランク・リーダー
「アウターは厚手のウール素材が多いですね。レザーも着ますが、ボクはナチュラルな素材が好きなので、ナイロンものは一切着ません。羽織ると肩が凝るほどどっしりとしたローデンウールのコート(右)をよく着ています。暖かくて何十年とクタらないし、ボクにとってはナイロンシェル代わりの雨除けでもある。左のコートはブランケットのように厚みのあるウールのPコート。この生地感も好きなんです」

クラシックがすぎるときは、同素材で色の遊びも入れる。

フランク・リーダー
「パンツもウール素材。ちょっとヴィンテージ感のあるウールを使って織られています。同じテクスチャーをブラウンとネイビーで前と後ろに使ったこのイージーパンツは、着こなしに少しの遊び心を、って気持ちではいていますね。ボクにしては少々奇抜ですが、こういうのもたまにははきたくなるときがあるんです」

いつでもどこでも、足元は革のブーツ。

フランク・リーダー
フランク・リーダー
「足元は革で覆われるに限ります(笑)。アトリエでの仕事も、山でのハイキングも、いつでもブーツ。上は柔らかいから街用、下の硬い革のマウンテンブーツは山用にと、もちろんシチュエーションで使い分け。足に馴染むまではくじけそうになりますが、経年変化した革のブラウンほどいいものはないって、みなさんご存じでしょう?」

自然と共存する茶色い小物。

フランク・リーダー
「茶色って色には野性的な素材の良さが詰まっています。知り合いのハンターからもらったディアスキンを加工せずに作ったストールやグローブは、銃弾の痕もそのままで使っています。ウサギの前足のキーホルダーはボクのラッキーチャームで、いつでも一緒。茶色には手仕事の匂いも感じます。ネクタイは知人のオペラ歌手が興行の合間に編んでくれたもの。ナローベルトは余った革の端材を繋ぎ合わせて、自分で夜中にコツコツと作ったもの。木の根を使ったハンドクリームも手仕事もの。サングラスやマッチは茶色に惹かれて。左下はバーキット。ワインオープナーやオリーブ刺しがゴールドの筒に収納できるようになっているんです。色はまあ近いでしょ(笑)」

下着や靴下は気持ちのいい素材を。

フランク・リーダー
「アンダーシャツは下着ブランド〈メルツ・ベー・シュヴァーネン〉のもの。友人が作っているんですが肌触りのよいコットンです」
フランク・リーダー
「ソックスはウールの軍もの。よく〈ファルケ〉もはいていますよ。アンダーウェアだけは白かグレーのブリーフと決めています。意識はそれほどしていないのですが、どれもドイツものですね」

麦の穂や木の葉も立派な素材に。

フランク・リーダー
「こちらはドイツの収穫祭で農民たちが豊作を祈願して身につける伝統的なコサージュにインスピレーションを得て自分で作った飾りです。麦の穂と木の葉を使ったプリミティブなクラフト感はボクのワードローブにもよく合うので、ジャケットの胸に挿したりして遊んでいます。赤と白のコットンの組み紐はヴィンテージですよ」

リュックサックは好きな素材の組み合わせで。

フランク・リーダー
「表地には圧縮ウールを使い、底部にはディアスキン、そしてバッグ内側にはリネンを使っています。バックルは全部ヴィンテージ。ボクの好きな素材を集約していったら、いつの間にか出来上がったようなリュックサックです。素材本来の色合いがミックスされたカラーリングは自然とまとまって見えますね。〈サイルマーシャル〉と一緒に作りました」

差し色には落ち着いた赤を。

フランク・リーダー
フランク・リーダー
「いつも着ている基本色のなかに、必ずアクセントカラーを1色入れるのがボクの着こなし。全体が落ち着いたトーンなので、ヴィヴィッドな色というよりはくすんだ赤くらいがちょうどいい。上のカーディガンはリネン混のウール。ヴィンテージのような柄でしょう。下のセーターもリネン混のウールです。色はベージュですが」

帽子の形と素材で、地方の“色”を知る。

フランク・リーダー
「このハットはドイツ・ババリア地方の伝統的ハットをモチーフにしています。ドイツの帽子というのは、かつては地域ごとに形も素材も異なり、それぞれにローカル色が強く、一目でどこのエリアの人かがわかったといいます。いまの帽子もそうだったらいいのにね。ハットといえばラビットファーで、ナチュラルな茶色です」