ライフスタイル

鮨屋では臆せず大将に話しかける。

2024年2月18日

HOW TO BE A MAN


photo: Naoki Honjo
text: Tamio Ogasawara
cooperation: Koji Toyoda
2015年12月 824号初出

大人への道中、時に迷うことがあっても、慌てず騒がず諦めず。自分を見失うことなく着実に歩を進めるべく、携えてほしい一冊がある。それは、昭和を代表する時代小説家、池波正太郎が残した『男の作法』。身だしなみ、食、女性、家……。1981年、58歳の池波センセイが自身の来し方より導き出した、微に入り細を穿つ“大人の男のあり方”は今もなお、僕らの心に響く。

寿司屋

男の作法』より
初めての店の場合は、テーブルに坐って、一人前お願いしますと言って下手に出たほうが喜ぶ。名前の通ったところはたいてい常連がいるからね、だから常連の坐る席へいきなり坐っちゃうということは、ちょっとそれはね……。

大人の尺度を鮨屋での所作で知る。

 一番わかりやすい大人の世界って鮨屋じゃない? 昼の鮨屋は何度か入ったことがあるけど、夜の鮨屋っていったいどうなんだろ。夜に鮨屋の暖簾をくぐってみたいと考えていたら、ポパイ編集部からわりと近くて、ランチでたまに通っていた日本橋髙島屋の裏にある『吉野鮨本店』の"気軽な旨さ"を思い出した。その心地よい居心地が、身の丈に合った夜の鮨も楽しませてくれるに違いない。インターネットでだいたいの予算調べて(いまどきは便利だね)、いざ大人の門を開けば、思いのほか親しみやすい大将がいて、最初の掛け合いをうまくできれば、あとは握られる鮨を出されたそばから頬張っていけばいい。手で食べるのか? 箸で食べるのか? この夜を共にしたシティボーイな俳優・森岡龍さんがまず問いかけると、創業130年を超える江戸前鮨の老舗は「もともと江戸の鮨屋は屋台の立ち食いですし、食べるときに着物の袖をつまむと自然と手が出るから手で食べるってのが始まりではありますが、気にせずに食べやすいほうで食べたらいいんですよ」って。5代目吉野正敏さんの洒落た答えに一気に安堵。大将からはそう話してはくれないが、森岡さんが話しかけるといろいろ教えてくれる。聞かれ慣れているからどんどん聞いてもらったほうがいいらしい。「まずはお任せで1人前を。あっ、ヒカリものが好きです」と森岡さん。これでいいのだ。あとは何が旬かとか、知ったかぶりで魚の間違いをするのは恥ずかしいやね、なんて話をしながらリズムよく食べ、「赤貝、次にズワイガニ」と追加で頼んで、「貝も好きなら、途中で握ったのに」なんて言われながら、オアイソ。池波センセイは鮨屋でシャリだムラサキだなんて隠語も使うもんじゃないと気遣っていたけど、大将は「どっちでもいいですよ」だって。なんとなくわかったのは、鮨屋に行くことが大人じゃなくて、鮨屋で大将との忌憚のない会話や、鮨屋ならではの美しい所作を自然と楽しめるのが大人なんだなと思ったね。頼む順番や通ぶることはどうでもよくて、最初からトロを頼んだとしても、「ガリとお茶があるのは口の中をリセットさせるためなので、お好きな順番で」って、これが大人じゃない?

インフォメーション

吉野鮨本店

吉野鮨本店

鮨屋デビューはここが正解。夜は1人前10個¥3,000から。

◯東京都中央区日本橋3-8-11 ☎03・3274・3001 11:00〜14:00・16:30〜21:30 日・祝休(土はランチのみ)

プロフィール

森岡 龍

もりおか・りゅう|1988年、東京都生まれ。16歳でデビュー。『ニュータウンの青春』など映画監督としても活動。