カルチャー

悩み事は、昭和の名作家たちに相談してみよう。

2023年10月26日

本をめぐる冒険。


photo: Yuki Sonoyama
illustration: Yosuke Kinoshita
text: Neo Iida
2023年11月 919号初出

先人のパンチラインが、悩める現代人を救う!

「最近、昭和の名作家の本が復刊されるのをよく見かけます。なかでも面白いのはエッセイや悩み相談系。昭和ならではの勢いやエネルギーがあるし、今じゃこんなこと言えないな……という発言もあって、現代の文章にはないパワーを感じます」

 インディペンデント出版レーベル「地下BOOKS」を手掛ける小野寺伝助さんによれば、昭和を生きた作家の文章には、現代の我々のお悩みをズバリ解決してくれるパンチラインがあるらしい。『麻雀放浪記』の阿佐田哲也(色川武大)のエッセイも、よっぽどどろっとしたギャンブル話なのかと思いきや、これが人間くさくて痛快で、ほんのり優しい。「九勝六敗を狙え」という言葉も、今まさに負けて辛い思いをする人の悩みをポーンと吹き飛ばしてくれそうだ。

「30~40年前に今の自分たちと同じように悩んで、それを文章として残してくれた人がいる。すべてを真似するのは難しいけれど、エッセンスは汲み取れる。だからこそ今の世の中に必要とされているのかなと思うんですよね」

お悩みをズバリ解決!

悩み① 自分の欠点が気になって仕方ありません。

色川武大
1978年、『離婚』で直木賞を受賞。その他、阿佐田哲也名義で『麻雀放浪記』などの麻雀小説を手掛ける。
色川武大・阿佐田哲也 ベスト・エッセイ
色川武大・阿佐田哲也 ベスト・エッセイ』
色川武大、阿佐田哲也(著)/筑摩書房

 直木賞作家・色川武大のもうひとつの顔が、ギャンブラーの阿佐田哲也。勝ち負けの世界で生きるアウトローというイメージがあったんですが、負け続けてきた幼少期を経ているので、敗者に対して優しいんです。ダメな部分を潰して勝ち切るのではなく、負けに繋がる欠点も生かしていく。そこにも繋がるのが「九勝六敗」という考え方です。連勝を狙わず、どこで負けるか意識していきなさいと。全勝するような人は大負けしていなくなるけれど、九勝六敗くらいの意識を持っている人はずっとギャンブルの場に居続けるらしいんです。社会も同じで、積極的に負けるくらいの意識を持てば、自分にも他人にも優しくなれる気がします。

悩み② 熱中できることがなくて人生が虚しく感じます。

深沢七郎
戦後、ギター奏者として活動。1956年『楢山節考』で第1回中央公論新人賞受賞。農場や今川焼き屋を営んだことも。
人間滅亡的人生案内
人間滅亡的人生案内
深沢七郎(著)/河出書房新社

 若い頃は打ち込めるものが見つからず、虚無感を抱える人も多いと思います。深沢はこの本で様々なお悩みに答えていて、そんなふうに思うこと自体が間違いだと。計画なんて立てずその時々でやりたいように生きろ、それが人間の生き方だと話してるんです。悩むことを斜め上から見て、視野を広げてくれる。深沢自身、ギタリストになったり作家になったり、実際に計画性なくやりたいことをやってきた人なので、説得力があるんですよね。欲望に貪欲でいいとも言っていて、フラれたらたくさんの人とセックスすればいいと(笑)。僕たちは人生において何か残さなくては、と思いがちですけど、残さなくてもいいんだと心が軽くなります。

悩み③ 将来が不安です。これからどう生きればいいのでしょうか。

真木悠介
東京大学名誉教授、社会学者の見田宗介の筆名。メキシコの呪術師の教えを読み解いた『気流の鳴る音』などを執筆。
うつくしい道をしずかに歩く 真木悠介小品集
『うつくしい道をしずかに歩く 真木悠介小品集』
真木悠介(著)/河出書房新社

 見田宗介は原稿を頼まれたら実名で書き、書きたいことを書くときは真木悠介の名前を使っていた社会学者。学者というと堅そうな印象ですが、彼が社会学を追究した出発点は「人間はどう生きたらいいのか」という問い。その文章は学問というよりも生活や思想に直結していて詩的でもあります。この一文は彼が残した詩の一節。過去に執着して目の前のものを見失うな、今ここに目を向けろっていうことだと思います。現代社会というのは、過去から蓄積されてきた常識や、夢や計画といった未来に重きが置かれていて、今ここに魂がない。過去や未来に囚われず、目の前の出来事に目を向けて、この瞬間を生きろってことですね。

悩み④ 周りが眩しく見えて、よく落ち込んでしまいます。

団 鬼六
官能小説の第一人者。鬼プロダクションを設立してピンク映画やSM雑誌を手掛けた。代表作に『花と蛇』。
死んでたまるか 団鬼六自伝エッセイ
『死んでたまるか 団鬼六自伝エッセイ』
団 鬼六(著)/筑摩書房

 団鬼六はSM官能小説の第一人者。なんだか怖そうだし、僕とは縁のない作家だと思ってたんですが、このエッセイ集はユーモアを交えながら人間模様を面白おかしく描いていて、予想外に良かったんです。特にグッときたのは娘の黒岩由起子さんによるあとがき。お父さんは本が売れて儲かると横浜の一等地に超豪邸を建て、お金がなくなると家は借金の担保にしたんだそう。上り調子のときはイケイケで豪遊し、お金も家もなくなるとただ一言「やってしもうたあ」(笑)。平成・令和と格差が広がっているし、仕事がうまくいかず他人を羨んでしまうこともある。そんなときこそMの気持ちで、置かれた状況ごと楽しむのもいいかも。

悩み⑤ やる気が出ません。一日中寝てたいです。

梅崎春生
海軍での体験を踏まえた『桜島』が注目を浴び、第一次戦後派作家として地位を確立。『ボロ家の春秋』で直木賞受賞。
怠惰の美徳
怠惰の美徳』
梅崎春生(著)/中央公論新社

 戦争を経験した梅崎が兵士視点で書く小説もリアルで面白いんですが、エッセイはとにかく怠惰。「夜は10時間寝て、昼寝を2時間する」と書いてあって、めっちゃ寝てるんですよ(笑)。起きてる間も食べたり本を読んだり散歩したりして、余暇でわずかな量の仕事をすると。やる気が出ないし働きたくない人には、なまけ欲求に貪欲でいいんだとほっとできる一冊です。そんな梅崎が時に見せる熱い一面にもグッときます。当時日本文学の主流であった私小説に対し、悲惨な体験を書くのはもうやめよう、しみったれた精神とは決別して借り物じゃない小説を書くんだ! と語る。怠けつつ、奥底では情熱を持ち続けたいですね。

悩み⑥ つい周りの評価に流されてしまいます。

石垣りん
「働いたお金で詩の投稿がしたい」と銀行に就職。39歳で初詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』を上梓した。
朝のあかり 石垣りんエッセイ集
『朝のあかり 石垣りんエッセイ集』
石垣りん(著)/中央公論新社

 石垣は戦後の日本詩壇を代表する詩人。14歳という若さで銀行に就職し、家族を養いながら、給料で家を買った女性です。当時は男は外で働き、女性は家事や育児をするのが当然とされた時代。自立して生きる働く女性の存在は少なかった。自分の表札を掲げるという行為も非常に進歩的に感じられます。さらにこの詩は「自分の寝泊まりする場所に他人がかけてくれる表札はいつもろくなことはない」と続きます。他人にカテゴライズされるのではなく、自分は自分だと宣言する。そうやって生活を組み立て、自分の部屋で詩を書くのがかっこいい。この本には「フェミニズム」という単語は一切出てきませんが、その源流というか、地続きなものを感じます。

プロフィール

小野寺伝助

小野寺伝助/地下BOOKS

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。インディペンデント出版レーベル「地下BOOKS」主宰。著書に『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』。2023年8月に新刊『クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書』を刊行。

Official Website
basementbooks.stores.jp