ライフスタイル

【#3】One day in MATSUYAMA

執筆: しまおまほ

2023年9月23日

しまおまほ


photo & text: Maho Shimao
edit: Yukako Kazuno

SNSに見知らぬ人から「杉作J太郎さんがラジオを体調不良で休んでいる」とリプライが来た。すぐに杉作さんへLINEを送ったが、返信はなく。実はその時、杉作さんは自ら呼んだ救急車で緊急搬送され手術を受けた後だった。心筋梗塞と心不全を併発していたらしい。数日後、杉作さんのツイートでその経緯を知る。本人からも連絡をもらってひとまず安心した。

現在、松山を拠点にしている杉作さんだが、12年前までは世田谷の若林に住んでいて時々夜中のドライブにふたりで出かけたりしていた。杉作さんは顔を見るとなんだかすごく面白い事が起こりそうなワクワクがある。実際、いつも楽しい。松山に越してからはほとんど会うことがなくなってしまったけれど、杉作さんがパーソナリティーを務める南海放送の「杉作J太郎のファニーナイト」というラジオの帯番組に電話出演をさせてもらっていたりしていて、交流は細く長く続いている。

退院の連絡が来た週の週末、関西に用事があり、どうせだったら帰りに松山に寄って杉作さんの様子を伺ってから帰ろうと思いついた。用事を済ませた翌日、滞在した京都の友達の家を早朝に出て伊丹空港からプロペラ機で松山へ向かった。機上から大阪湾、淡路島を眺めるのを楽しみにしていたのだけれど離陸する前に寝て、起きたのは着陸間際だった。空港からオレンジの伊予鉄バスに乗って市内へ。松山も京都も東京も暑い。9月半ばだというのに陽射しが容赦なく脳天を照りつけた。杉作さんが搬送されたのは午前4時だったそうだが、暑さで全裸でいたので救急が到着するまでに必死で服を着たらしい。パンツは省いて半ズボンをそのまま。辛かっただろう。

松山城近くのロープウェイ通りで落ち合った杉作さんは会うなりそんな話をしてくれた。入院中に10kg痩せたらしい。たしかに首回りがスッキリしている。まだ夜に部屋でひとりになると搬送時の恐怖が襲ってくるという。怖いだろうな。ラブホテルに囲まれた一角の雑居ビルにある杉作さんの事務所に到着し「まだ無理はできないんですよ」と慎重に階段を上る杉作さん。

杉作さんの事務所は20畳くらいのだだっ広いワンフロアだった。部屋全体に雑然とダンボールが積まれていて、よく見ると2箇所ほどポッカリ空いたスペースに布団が敷かれエロ雑誌やらペットボトルやらが放り出され、それぞれ人がいた形跡がある。杉作さんを訪ねてきた人たちはここに泊まらされているそうだ。昭和の独身寮みたいな雰囲気。わたしは布団に横になり、杉作さんは壁際にある椅子に座ると、ダンボールの山に隠れて完全にお互いの姿が見えなくなった。そんな状態で話していたらいつの間にかわたしは寝ていた。

そんな風に過ごしていたらアッという間に夕方になった。その日の夜の飛行機だったので、帰りしなに南海放送に寄って次回出演の収録をしてから杉作さんの車で松山空港へ向かう。杉作さんをこんなに動かして良いのかと不安になりつつ。本人曰く、まったく問題ないとのことだけど。出発口で手を振って別れ、荷物検査の列に並んでもう一度姿を探すと杉作さんの背中が見えた。いつもと変わらない、可愛い後ろ姿だった。

コンビニで成分表の塩分糖分をチェックする杉作さん。HOPEを吸わない杉作さん。とにかく元気でいて欲しいという気持ちだけ。事務所で触れた杉作さんの手のプニプニを思い出しながら、まだ行っていない道後温泉に次は入りたいなと思いながら、離陸と同時に寝た。

昨年11月にうどん屋で撮った写真。

プロフィール

しまおまほ

しまお・まほ | 漫画家、エッセイスト。1978年、東京生まれ。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ『女子高生ゴリコ』でデビュー。主な著書に『しまおまほのひとりオリーブ調査隊』『まほちゃんの家』『スーベニア』『家族って』などがある。最新刊は『しまおまほのおしえてコドモNOW!』。POPEYE本誌では「しまおまほのセクよろ2」を連載中。