カルチャー
ポッドキャストで『ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision』が始まった!
2021年4月28日
text: Neo Iida
音で聴く、日本のヤバいメシ。現在『ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision』としてSpotifyで独占配信中だ。
皿にドサッと盛られたヤバいメシに、“生”をどんと突きつけられる『ハイパーハードボイルドグルメリポート』。地上波放送は不定期だけど(昨年末のKKK&ブラックパンサーの特番も最高だった!)、NetflixやParaviで過去回を観てハマる人が続出している。その人気番組が、なんとポッドキャスト化! 現在Spotifyで独占配信中だ。水曜日に1エピソードずつ配信されるそうで、舞台は日本。そして初回シリーズは「右翼と左翼の飯」。その後もセックスワーカー、パパラッチ、特殊清掃員など、名前からして興味津々の内容がガンガン続く。ディレクター兼プロデューサーを務める上出遼平さんに、その聴きどころを聞いてみた。
――あの『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(以下『ハイパー』)が音声コンテンツになるというのは斬新ですね。
昨年の4月にクリエイティブビジネス制作チームに配属されて、地上波以外のコンテンツにも目を向けることになったんです。ここ数年は特にYouTubeや配信メディアが激増し、製作者も激増。視聴者の可処分時間を奪い合うコンテンツ戦国時代が始まった。テレビは依然として強いメディアですが、年々弱っているのは間違いない。でも僕たちには50年間培った技術があるし、マスに対するノウハウの蓄積なら他のどの業界にも負けていない。そのノウハウを使って外の市場にお客さんを取りにいかなければいけないと。そこで僕は音声を選んだんです。会社に、「映像を捨てませんか?」と。
――昨年の早い段階で、音声だと。
あらゆる映像コンテンツに“目”を取られてるから、早いうちに“耳”を取っておこう、という意識は前々からありました。参入ハードルが低くて、マイクとMacさえあればすぐ始められるから、番組もどんどん増えている。だけどゴリッと作ったものってない気がしたんです。声優さんを起用して効果音をバリバリに付けたラジオドラマか、ラジオみたいなまったりトークか、どちらかに二極化している気がして。そのアプローチとは違う、リアルを担保しながらきちんと作り込んだものを、テレビ局の人間なら作れるからやってみようと。
――それで企画が動き始めたんですね。
前々から、カメラが煩わしかったんですよね。『ハイパー』でもカメラを4台くらいまで減らしたんですけど、それでも面倒くさくて。重いし、SDカードを何テラ分も持っていかないといけないし。何より取材中に警戒されて弱点にもなり得る。音声レコーダーだけでロケできたらどれだけ自由だろうって思っていたんです。そんなときに部署に配属されて、コロナ禍で外国に行けなかったこともあり、国内で何ができるだろうと考えて、音声に行き着きました。日本はクリーンだし、『ハイパー』で取材したような場所はなかなかないから、別の切り込み方が必要になるなと思っていたんです。
――テレビの撮影とは違いましたか?
「テレビです」とカメラを向けるのと、「音声ドキュメンタリーです」とレコーダーを回すのでは相手の警戒心が全然違いましたね。やっぱり“顔を撮られる”ことの圧力の強さをひしひしと感じました。突然カメラを向けたときの反応って、面白い要素ではあるんですよ。カッコつけちゃうとか、素知らぬ顔をしちゃうとか。でも音声となるとそれがほとんどなくて。そもそもレコーダーに向かって演じようとするのって難しいし、声を録られる経験がないから誰もそのスイッチを入れない。親密度も上がるし、取材をしていて楽ですね。番組作りの考え方やコアの部分は変わらないんですけど、フットワーク軽く取材ができました。
――第1話では右翼団体の男性に一緒にファミレスでお話を聞きますよね。途中、上出さんが男性の小指がないことに気づきますが、カメラを持っていると一旦話を中座して寄りの画を撮らせてもらうとか、少し撮影的な段取りが発生しそうです。
そうですね。もっと言えば、指のことに気づかなかったかもしれない。僕がカメラを回していたらきっと彼は指を隠したと思うんです。「あんまり見せたくない」と言っていたので。カメラに対しては皆さん意識を張ってますけど、音声だとかなり気が緩む。撮れ高という意味では映像よりあるかもしれないです。
――編集は大変でしたか?
音って嘘がつけないんですよね。映像だと、取材対象者が向こうを向いた瞬間に別の言葉を当てはめることだってできる。僕はしませんが、つまり口元さえ見えなければ、いかようにも編集で音を当てはめられるんですよ。でもそれは映像が情報を補っているからで、音だけで同じことをやろうとすると違和感がものすごくあるんです。映像の仕事してる知り合いに「編集楽そうだよね」って言われたんですけど、むしろ逆ですね。順序を変えたらモロバレだし、編集で嘘がつけない。
――違和感が出ちゃうんですね。
声色もそうですし、環境音ってとても大きいんです。別の現場で録った声を持ってくるともう全然違う。同じ場所でも、別の日だと音の響き方が全然違う。天気によって変わるんでしょうね。ですから基本的に話している流れをそのままパッケージにしています。会話の隙間だけをパッパッパッと取り除いてテンポアップしているだけです。
――より臨場感があるというか。
いわゆるポッドキャスト的なテンポ感ではないと思います。ちょっと意識を飛ばしたら置いていかれる感じ。通常、ゆったり繋いで無駄なところを活かす編集が多いと思うんですけど、テレビを10年やってると1フレでも無駄なところを切りたくなっちゃうんです。僕らは常にフレーム単位で編集していて、1秒=30フレーム。ゆったり繋いでいると気持ち悪くなっちゃうから、会話の合間を少しずつつまんでます。結果的に濃度はすごく濃くなりました。
――ポッドキャストでもあのドラムのダダンッという音は健在で。テレビ同様、場面転換の役割を持っているなと感じました。
ガンガン進むので一回整理しよう、という感じですね。テロップが入れられない代わりに、ディレクターはなるべくその場の状況を話すようにしています。登場人物が増えると誰が喋ってるかわからなくなってしまうので。でも説明はあくまで最低限。そもそも人間の喋りってわかりづらいじゃないですか。だからテロップを付けたり、イラストを入れたりして編集すると思うんですけど、わかりにくいまま放送するのも面白いなと思っています。今はわかりやすいものが溢れてしまっているし、受け手がそれぞれに解釈できるようになってるかなって。まるで隣で喋ってるような空気感で聞いてもらえると思いますね。
――その点では右翼の男性は喋りが達者な方でしたよね。
喋りたいことがたくさんある方でしたね。でも、自分のことを話すのが嫌いな人ってそんなにいないんですよ。わりと皆さん話してくださいます。
――それまで右翼の人と話された経験はあったんですか?
あったかな……。右翼的な思想を持っている人と話したことはあったと思いますけど、あんなに活動してる人とがっつり喋ったことはなかったと思いますね。僕としてもああこういうことを考えてるんだ、って素直に面白かったんですよね。“右翼で街宣車乗ってる人はこういう人だ”っていう先入観を壊してもらえた気がした。男性いわく、「近隣諸国の中国人、北朝鮮人、ロシア人に対して、個人的に全くなんの恨みもないし、個体個なら問題はない。でも国と国の問題になると色々あるんだよね」と。そういう彼らなりの理屈に安心する部分があったりして。もちろん右翼にもいろんな考え方の人がいるんでしょうけど。
――「右翼」という表層のイメージじゃなく、生身の「個人」と話をしているリアルがありましたね。
やっぱりパーソナルな話を聞きますからね。なぜあなたはこの活動をすることになったんですか? という問いへの答えは、街宣車から拡声器を使って話すこととは全く違う。個人の物語がありますね。
――「右翼と左翼」以降の番組も面白そうです。
性風俗に従事してる女性、ベトナム人の技能実習生、パパラッチ、地下芸人、自殺を止める人……。ロケは結構やってますね。緊急事態宣言の合間を縫って。
――パパラッチなんてめちゃくちゃ面白そうじゃないですか。
張り込みに密着しました。彼らはゲスだとか言われますけど、ある意味では我々の敵でも有り、同業でもあって。突き詰めたら一緒だよってことを目の当たりにしました。張り込み中のメシを一緒に食べて、おすすめの弁当屋を聞いて。
――グルメリポートですからね(笑)。
ベトナム人の技能実習生は現代の奴隷とも言われていて、結構悲惨なことになっているんです。すでにいろんなジャーナリズムのなかで扱われていますけど、その現状はあまり知られてないなと思って。日本人がやりたくない仕事を無理やりやらせて、中間にある搾取に目を瞑る、日本が抱えてる大きな問題のひとつですよね。彼らの声を聞くと、その優しさや健気さに心をぐしゃっとされるんです。
――人選の基準はどんなところなのでしょう。
特に基準はなくて、話を聞きに行きたいな、会いたいなっていう人に会いに行く感じです。僕含めてディレクターが3人。少ないですよね。それぞれロケしたい題材を取材しています。でも基準がないとはいえ、撮っているうちに不思議と繋がってくる部分があるんです。掘り下げるうちに一つの像が浮かび上がってくるというか。
――結果的に現代の社会問題が浮き上がってくるような気がするのは、上出さんのなかの意識がそうさせているんでしょうか。
多分そうなんでしょうね。何を取材するかは最終的に僕が決定してるので、僕のなかの問題意識がフィルターにはなっていると思います。派手なもの、ゲテなものを録りたいわけでは決してなく、気になるのは批判されている人や嫌われている人。そういう人たちの声がちゃんと届いているのかな、と疑問を感じたら取材に行くようにしています。右翼の街宣車は音もうるさいし、多くの人が近づき難いと感じていると思うんです。でもそんなことは当人たちもわかっているはずで、それでもやるってどういうことだろう。それを本人にちゃんと聞いてみたかった。
――聞かないとわからないですしね。
性風俗に従事する方のロケはだいぶ前に録ったんですけど、ちょうど風俗で働く人への蔑視発言がわき上がっていた時期だったんですよ。多くの人が性産業について考えていたんですけど、従事してる人を置き去りにした、ポジションで喋っているだけの議論がたくさんあったんですね。「女性蔑視だ!」と言うけど、本当に風俗で働いてる人のことを考えてる?と僕は感じて。なので当人がどう思ってるのか聞きたい、というのが取材のきっかけでした。いろんな職業の選択肢があるなかで、どうしてもやりたい仕事で、誇りを持ってやっている可能性もある。「風俗は蔑視されるのが前提の仕事なんだ」というメッセージが世間に溢れていたので、本当にそれでいいのかという気持ちで風俗のシリーズを始めました。
――ニュースではそこまでは報道しないですし。
そう、個の問題までは浮き上がってこないですよね。どうしても大きな現象、まとまりとしての話に終始してしまうし、それは安直に憎悪のような感情に結びつきがちで。個人の顔が見えればそうはなりづらい。そういうところに思いを馳せながら、組織としての動きやふるまいに回収されないような、個の気持ちの部分を大事に聞いています。
――ドキュメンタリーを作りたい、という気持ちは、上出さんの中でもともと強いんですか?
うーん、自分にはこれしかできないっていうのがひとつと、他にやろうとしてる人がいないっていうのがひとつ、ですね。もちろん学生時代に中国のハンセン病の隔離村によく行っていたし、誰かの話を聞いて届けたいという思いはもともとあります。結局、僕のなかで一貫してるのは、居場所の問題なんですよね。人間の居場所。テレビの『ハイパー』でも、もともと居場所を持ち合わせていなかったり、居場所を手に入れようとしてる人の物語を撮り続けてきたので、それは国内でも変わらないなと思いますね。だから長い目でみてほしいなっていうのはありますね。一話だけじゃなくて、シリーズを通じて聴いてもらうと、共通するものが見えてくると思います。
――居場所を探す人たちというのは、外国にも日本にも変わらず存在しますもんね。
本当は爆笑お笑い番組ができたらなと思ってるんですよ。僕はお笑い芸人さんをマキシマムリスペクトしていて、お笑いというジャンルが最強だと思ってるので。でも僕にはできないから、自分にできるのはこれだなあという感じなんです。それに、テレビ局がつくるドキュメンタリーで、個にフォーカスする番組ってあんまりないんですよ。だからこそ局としてやったほうがいいなと。
――確かに、いくらドキュメンタリーとはいえ、例えば病院を撮影するとか舞台を撮影するとか、ある程度の事前打ち合わせがないと難しいなとは思います。
そうなんですよ。僕は当たり前のように突撃ドキュメントをやってますけど、実際はほとんどないんですよね。だって撮る側としては事前に打ち合わせをしたいんですよ。そのほうが楽だし、なんといっても失礼にならない。誰だっていきなりカメラを向けられるのは嫌だし、向けるほうだって嫌なんです。でも打ち合わせを経て撮られた映像と、出会った瞬間からRECされてる映像では質がぜんぜん違うんですよね。ファーストコンタクトの瞬間がものすごく大事だから、僕はそこにこだわっているところがあって。入り口が生々しいと、その後の生々しさを信頼してもらえるっていうのはあると思うんです。難しいやり方ではあるんですけどね。
――出だしから自分の武器を全部晒しているわけですもんね。
もうぶつかっていってるんで(笑)。よく取材のときに言うのは「僕が責任を持って編集します」ということ。撮影してる人間と意思決定する人間が違うって、業界あるあるなんですよ。ディレクターがロケ中にプロデューサーに電話して「今こんな感じですけどいいですか?」って。それだと取材対象者はディレクターを信じてくれないし、トラブルの原因にもなるし、結果的にテレビが信頼されなくなる理由に繫がっている。現場で被写体と向き合う人間が意思決定をするんだ、ということが大事だと思うんですよね。それが生々しいものを世に出せる、世に出すための最低限のマナーというか。“個体個”でやってるんですよ、“個対テレビ局”ではないんですよ、という認識で作っています。
――今回の番組は、“テレビ局がつくるポッドキャスト”という点でも興味深いです。
作り手としてはすでに面白い体験になっているから、今後お客さんにどう受け入れられるかですよね。会社の未来のためでもあるし、作り手としての新しい実験でもある。
――ドラマでもラジオでもない、新しいジャンルという感触があります。
“ながら聞きコンテンツ”はいっぱい溢れているんですよね。でも僕たちがやるからには、「ながら聞きは出来ませんよ」っていう態度でいきたいなと思っています。
インフォメーション
ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision
Twitter
https://twitter.com/HYPER_GOURMET
Official Website
https://open.spotify.com/show/4nNKlfOpKLybWKxhZ9lrzU
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