カルチャー
月曜日は批評の日! – 美術展編 –
2023年3月20日
illustration: Nanook
text: Chikei Hara
edit: Keisuke Kagiwada
毎週月曜、週ごとに新しい小説や映画、写真集や美術展などの批評を掲載する「クリティカルヒット・パレード」。3月の3週目は、原ちけいさんによる「戸谷成雄 彫刻」展のレビューをお届け!
埼玉県立近代美術館と長野県立美術館の共同開催で実現した「戸谷成雄 彫刻」展は、彫刻家の戸谷成雄が空間と視線、そして彫刻について概念的に思考してきた実践を、生まれ育った長野県と現在の活動の拠点である埼玉県という2つの拠点にあるそれぞれの会場で、異なる角度から紹介する試みである。現在開催している埼玉県立近代美術館での巡回展は、木材の表面がチェーンソーによって削られた代表作「森」シリーズのみに留まらず、現在に至るまでの彼の初期作品やドローイングまで網羅的に紹介することで、戸谷の創造の原点を探るまたとない機会となっている。
本会場での構成は、戸谷の制作を時系列順で追う流れとなっており主に3つのセクションで分けられる。最初の展示室では学生時代の作品と、ときわ画廊(1964〜1998年まで東京・神田にあった貸し画廊。菅木志雄や高見澤文雄、吉田哲也なども展示を行っている現代美術の登竜門的な存在。)での作品が展示されている。鎧の様に造形的な外殻と肉体の内部が空洞化した身体が斜面から滑り落ちる様に立つ《男1 斜面の男》と、イメージとして流通するベトナム戦争を見ても尚、何もできない自身の無力さを見ざる、聞かざる、言わざるの様であるとして重ね合わせた《器Ⅲ》は、卒業制作として制作された自刻像である。空間の奥に佇む《POMPEII・・79 Part 1》は、イタリアの古代都市・ポンペイで起こった噴火によって焼け焦げて気化した身体の跡が、遺跡からネガポジが逆転し空洞状で掘り出され、石膏を流し込んで鋳造する様に型取りすることで人型が復元されたという逸話から着想を得ている。本展の目玉の一つであるこれらの作品からは、彫りや型取りなど”彫刻らしい”仕草によって触覚的に実在を捉え、空と虚、表面と内部、個と全体、自己と他者、実体と空間など対峙する概念の間にある表面に関心を向けていることが分かる。そこでは以後の作品にも通底する様に「彫刻」そのものの概念的な更新が測られている。
続く展示空間では、戸谷が本格的な活動を開始する1970年代の芸術動向(ポスト・ミニマリズム、アルテ・ポーヴェラ、もの派)が抱えていた問題を超克すべく、ケーススタディーの様なシリーズがいくつか展開されていく。戸谷は暫し建築家の吉阪隆正が執筆した「彫刻のわからなさ」(1973年)を踏まえて独自に彫刻と向き合う姿勢を見せるが、「世界はすでに在るのに、なぜ彫刻という余分をつけ足すのか?」という問いを自ら立てることによって、同時代の潮流のなかで批判対象となっていた表現としての彫刻という近代的課題に向き合っていく。細長い材木や鉄筋がランダムに組み合わさって造形された「《構成》から」シリーズや、同作の部材を海岸の砂浜に埋め込んだ石膏台座と共に燃やすパフォーマンス作品《閑さや岩にしみ入蝉の声》は、表面や実体そのものをを自発的に無化させることで彫刻の存在意義について考える試みである。同時代に制作された「《彫る》から」シリーズからは、液状の石膏のなかに角鉄筋を散らばせることで、固まると共に滲む金属の錆を頼りに凹凸に隆起する多面を浮かび上げる《床から》や、チェーンソーで削り取る様に掘った木材の溝に角鉄を打ち込むことでフォルムを形成する《象の鼻 Ⅲ》などが出品されている。不透明な物体の内部を想像することで無数の見えない視点を構造に組み込むこの手法からは視線の浮き彫りという、戸谷が示唆する彫刻の本質的な意識が見て取れる。戸谷は生まれ育った長野県・小川村において特徴的な、山と谷によって形成された風土での経験に創作の原点があると述べている。山と山が襞のように折りたたまれた森林の谷では、日が落ちるにつれて自分が立っている場所の地形が向こう側に見えない陰として沈む様に落ちて見えるという。また、森の中で石を投げて遊んでいると目では見えない視線の軌跡が空間を走り回っていることを意識できたそう。そうして見えない存在に触れて張り巡らされた視線を感じることで初めて、イメージが形として像を結ぶのではないだろうか。
代表作「森」や「視線体」シリーズでは、チェーンソーによって掘られた無数の凹凸がマイナスとプラスの様に削られ/削り残された表面が生まれている。隆起した表面の手触りは、視線が隙間を埋める様に張り巡らせることで襞を成し、多数性を浮き彫りにすることである種レリーフの様に微細な表情を覗かせている。そこには斜線によって様々な存在が錯綜しながら関係を結ぶ構造が見られ垂直水平を基調とした西洋の成り立ちではない、より中間的なバロックの様相を提示している。イタリアの彫刻家メダルド・ロッソが目には見えない存在自体の揺らぎを彫刻の物質性と曖昧な関係を結ぶ要素から導いたように戸谷もまた、明確なイメージを持たないある種中空的な表面を作り出すことで、観念としての空洞性を彫刻に宿している。そうした物体と視線の関わりは、初期の作品から一貫して提示されている「彫刻」のあり方である。本稿では前段となる初期の作品を中心に、戸谷が美術史のなかで解体されつつあった彫刻という概念をリバースエンジニアリングする所以について取り上げたが、このように作家の精神に触れる展示の機会はまたとないので、是非その目で体験いただければと思う。
レビュアー
原ちけい
はら・ちけい | 1998年生まれ。写真、ファッション、アートを中心に、幅広い分野でのリサーチや執筆、キュレーション等を行う。主に携わった展示企画に「遊歩する分人」(MA2 Gallery,東京,2022)、「新しいエコロジーとアート」| HATRA+synflux(東京芸術大学美術館,東京,2022)、「不在の聖母」(KITTE丸の内,東京,2021)など。
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