カルチャー

【#3】『先生とわたし』番外篇——高山宏のエキセントリックな肖像

2022年11月26日

text: Mamoru Goth-O
edit: Ryoma Uchida

拙著『ゴシック・カルチャー入門』で「本邦ゴシック論の最高傑作」とぶち上げた一冊に、高山宏さんの『目の中の劇場』がある。この人、何を隠そう、私の師匠なのです。

御年75歳、通称「學魔(がくま)」——15万冊の本を読んだとか、5か国語が読めるとか、平均睡眠時間2時間とか、8歳で童貞を捨てた(!)とか、とにかく虚実入り乱れる怪しげな伝説に包まれた「知の巨人」。マニエリスムという伸縮自在の「知の如意棒」をときにエレガントに、ときにヤクザに振り回し、森羅万象を批評するヨーロッパ学の泰斗です。

その高山先生と11月17日(木)に六本木の文喫という書店で、「アフロ🌙マニエリスム夜会」というイベントを敢行しました。本来「・」があるべき場所に「🌙」があるのは主催者の有地和毅さんのアイディアで、月夜の下、密造酒(ムーンシャイン)のように知のやり取りをするルナ・ソサエティのような秘密結社イベントを目指した感じです。

右が學魔。「世界一タートルネックが似合う男」と自らを称する。

『黒人音楽史 奇想の宇宙』という私の最新刊のPRイベントという名目でしたが、案の定、PRそっちのけで師弟漫才を披露する会に(笑)。まあ「アフロ・マニエリスム」とは何か原理的に詰めていって面白くなるはずもなく、むしろ我々の才気煥発(←自分で言う)・丁々発止のやり取りに見られる「ウィット」を愉しんでよ、ウィットこそマニエリスムの真髄なんだから野暮ったい説明は勘弁してよ、という実践型の不立文字・以心伝心系のイベントになりました。

この日のキーワードは「グロテスク」。拙著はリズムやグルーヴなど身体性が強調される黒人音楽に対して、敢えて隠喩や超絶技巧を駆使する知性的系譜を強調したもの。言ってしまえばルネサンス時代に流行した「ネオプラトニズム」という幾何学的でスピリチュアルな思想で、白人文化と黒人文化を魔術的に綜合した内容です(……って嫌味なくらいに小難しくてすいません)。

イベント前に學魔から届いた手紙を読み上げる小生。13行にわたる『黒人音楽史』への批判が延々と続き、學魔の辛辣すぎる弟子への可愛がり(?)に会場は「黒い」笑いに包まれる。

しかし高山先生は「結局、黒人音楽は身体から離れては成り立たない」という持論があって、ネオプラトニズムの精神性をコケにする『とめどなく笑う』という本がむしろ大事だと主張。いわば、ラファエロはラファ「エロ」であることを指摘したみうらじゅん先生の黒メガネ越しにルネサンス美術を見たような、エロチックでグロテスクな笑いに満ちた一冊です。黒人音楽もそういう猥雑なものでしょ、と。

これには頷くところが少なくなく、ヒップホップのみを扱う予定の続編『黒人音楽史2』では「グロテスク」をもっと前面に押し出す内容にしようかな、などと翻意させられました(出版社募集中!!!!!!!)——いわば今回出した本が上半身なら、次は下半身か。

とにかく、11月1日に脳梗塞で実は倒れていた學魔。運よく大事には至りませんでしたが、そんな大変な時期にもかかわらず私ごときのためにイベントに参加してくださった。もう感謝しかありません。だから『黒人音楽史』あとがきの一行を、もう一度サンプリングします。「恩師を越えた、人生の師に最大の感謝を」。

「アフロ🌙マニエリスム夜会」打上げ。『黒人音楽史』担当編集の胡逸高さん(左)、『ゴシック・カルチャー入門』担当編集の大久保潤さん(右)に挟まれて一枚パシャリ。ほぼ真逆のタイプの編集者2人を、フリーメイソンの幾何学的三角形で「調和」させる後藤(中央)。

プロフィール

後藤護

ごとう・まもる|1988年、山形県生まれ。暗黒批評、映画・音楽・漫画ライター。著書に『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン、2019年)、『黒人音楽史 奇想の宇宙』(中央公論新社、2022年)。魔誌『機関精神史』編集主幹を務める。Real Sound Bookにて「マンガとゴシック」を連載中。

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