カルチャー

【#4】中国の澁澤龍彥——翻訳者・劉佳寧の「異端の肖像」

2022年12月3日

「涩泽龙彦」のことをご存じでしょうか?

おっかない魑魅魍魎の類ではなく、じつはこれ、異端文学者・澁澤龍彥の中国語表記。澁澤はいま中国でかなりのブームになっていて、2022年11月時点で計20冊の著作が翻訳されてます。しかも「暗黑美学大师」というゴージャスな肩書付きで。

『黒魔術の手帖』と『私のプリニウス』の中国語訳。これを最初に見た時の衝撃は忘れがたい……。

しかしこれだけで驚いていてはいけません。

澁澤龍彥の中国翻訳をプロデュースした、張暁輝/チャン・ショウフエ(1964~2019)という名編集者がいたのです。北京大学在学中に「青年マルクス派宣言」というエッセーを投稿したことにより思想罪で弾圧され、投獄され、大学を中退。そしてムショから出た後、編集者の道へ進みます。

「サド裁判」で有名な澁澤ですから、「前科持ち」ほど澁澤翻訳の編集にふさわしい(?)人物はいませんね。ちなみに張暁輝は澁澤以外にも、泉鏡花、小栗虫太郎、久生十蘭のような幻想文学作家の中国語訳を編集してますから、その拘りのほどが見えます。

…と知ったような書きぶりを続けましたが、これらハードコアな「中国の澁澤」情報を教えてくれたのは劉佳寧(りゅう・かねい)さんという女性なのでした。あまりにも謎多き人で正体が気になったので、最近Zoomで2時間ほどお話しを伺いました。1994年生まれの中国から来た澁澤龍彥研究者は、一体どんな人物なのか?

画面に現れたのは小妖精のごとき雰囲気の女性。お召しになっていたファンシーなファッションのことを尋ねると、「BABYというゴスロリブランドを愛していましたが、最近はピンクハウスに変えました」とのこと。といって何のことやら分からないので、友人で元バンギャのN魔女さんに尋ねると、「どっちも少女趣味的な感じなんだけど、BABYが西洋だとしたらピンクハウスはアメリカン・カントリーな感じ」という回答を得ました。なるほど。やはり餅は餅屋、ロリはロリ屋ですね。

劉さん撮影の「涩泽龙彦」本の数々。ぬいぐるみはロリータファッションのBABYというブランドのもので、「うさくみゃ」という名前だそうです。

続けて「なんで日本に興味が湧いたんですか?」と尋ねると、「『カードキャプターさくら』のアニメを見たからです」という回答。中国でも大人気らしく、知らぬ者なしの勢いのようです。そして宝塚の大ファンでもあるとか。なるほど、日本の少女趣味を追い求めていくうちに澁澤『少女コレクション序説』に行き着くルートだったか。

しかし、劉さんは「かわいい」や「少女趣味」だけではなく、大の昆虫フリークでもあるようで、特にカブトムシのフォルムや質感がたまらないと語ってくれました。昆虫好きの澁澤を研究するのに、これ以上の素養があるでしょうか!(「宝塚」と「昆虫」好きって完璧に手塚治虫ですね。ちなみに手塚は澁澤龍彥と同い年)

また出身を尋ねると、予想外の激アツな回答が。「張暁輝と同じく吉林省長春市(昔の満州国)出身です。80年代の学生運動の主力も私たち北の民です!フォークナーの『サートリス』や『八月の光』(こちらの「敗者」は南のほうですが)を読んで泣きそうになったのも、中国の経済発展から取り残された私たちです…」

2021年に澁澤の最高傑作のひとつ『思考の紋章学』を翻訳刊行した劉さんは、現在、尾崎翠や山尾悠子の小説を翻訳中。幻想文学研究の大家になるのもそう遠くないと見ます。

劉佳寧訳『思考の紋章学』。磯崎純一『龍彦親王航海記』も翻訳するという。

プロフィール

後藤護

ごとう・まもる|1988年、山形県生まれ。暗黒批評、映画・音楽・漫画ライター。著書に『ゴシック・カルチャー入門』(Pヴァイン、2019年)、『黒人音楽史 奇想の宇宙』(中央公論新社、2022年)。魔誌『機関精神史』編集主幹を務める。Real Sound Bookにて「マンガとゴシック」を連載中。

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