カルチャー

Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.10 グレタ・クライン From フランキー・コスモス

2022年10月21日

photo & text: Greta Kline
translation: Bowen Casey
edit: Yuki Kikuchi

Re: view (音楽の鳴る思い出

この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。


今回の執筆者

https://youtu.be/VCsSMTwKkv4

■名前:グレタ・クライン
■職業: ミュージシャン
■居住地:ニューヨーク
■音楽が与えてくれるもの:感動と、多くの感情、安らぎ、音楽は友達であるかのような感覚を与えてくれる。
■レビューするアルバム:『IS THIS IT』The Strokes

https://open.spotify.com/track/5Rf6xOCZ39Mevkofx9jxL7?si=bc9e55808c704901

Is This It

 大人になるなんて想像すらしていなかった子供の頃、私は物事の結果や危険についてだけでなく、何かが後に自分に影響を与えることさえ想像していなかった。

 大人になるまえ、それは危険なことを経験するまえのこと、地下鉄に乗っても変な視線を感じることがなかったあの時、私はプラスチックの座席に太ももを乗せてその感触を味わうことができた。外に出るときの服装を考えることはなく、嫌がらせを受けることもなかった。安全だと感じることが本当の安全だとは思わないけど、ある意味で、素朴だったあの頃を懐かしく思う。私は無敵だった。

 12歳のとき、親友のイライザが家にきて、ザ・ストロークスの「12:51」を聴かせてくれた。私たちは私の部屋の本棚のある隅に向かい合わせで座っていた。なぜこのディテールを覚えているのか分からない、でも一つ確かなことは、これが私の人生を大きく変えた瞬間だったこと。私たちはこの曲からコードを盗み、その上に自分たちの曲を作った。

その後、通学途中に『Is This It』を聴くようになった。このアルバムを聴いていると、自分がクールだと思えたし、まだ得たことのないあらゆる経験を既に手にしたような気分になった。しかしあれだけロマンを感じていた経験を実際に体験したとき、私はそれに気づくことさえ出来なかった。経験は暗闇の中から静かに忍び寄ってくる。ゆるやかにつなぎ合わされてきた今の私の記憶は、抽象的な絵具のように荒い。

 年齢を重ねるにつれ、安全であることは私の人生においての重要事項となった。しかしそれは年々難しくなる一方だ。10代の頃は地下鉄でヘッドホンをして音楽を聴きながら歩いても何も問題はなかった。しかし今は周囲に気を配って何が起こっているのかを聞き取る必要がある。

 2022年、世界は愛によって動いているという信念が私の中で薄れた。ニューヨーカーといえば、駅構内の階段付近でベビーカーを押している人がいれば運ぶのを助け合う人たちばかりだと思っていた。以前は私もすれ違う人に微笑みながら通りを歩いていた。でも今は不信感を抱き、優しさにあふれた瞬間も稀有なものだと思ってる。

 二十歳を超えて、親切な人がこの世界に溢れているわけではないことをつくづく思い知らされた。地下鉄の線路に人が落ちてしまい、友人のタイラーがホームの向こう側の学生たちに叫んで、彼を引っ張り出すのを手伝ってくれと懇願したとき、学生たちは線路に落ちた人を助ける素振りすら見せなかった。このような状況において、素早く行動し、互いに助け合うことは私にとって当然のことだった。それ以前にもこの教訓を学べたタイミングはあったものの、冒頭でも述べた通り、当時の私はそこまで考えが及んでいなかった。10代の頃、友人と一緒にさまざまな嫌がらせを受けたとき、その経験が魂にこびりつき、身体に残り、将来の恐怖に変わっていることに気づけなかった。

 当時の私は、時にはそれが面白いと思ったり不条理だと思ったりしながらも、すべてが現在進行形だったその瞬間を、ただ突き進んでいただけだった。

 通学路、日の出のアベニュー、ビジネスマンでごった返すラッシュアワーの地下鉄の中でよく聴いていたザ・ストロークスを今もよく聴いている。ニュージャージーに住むイライザに会いに行く途中、愛する人と車の中で私は笑って踊っている。10代の頃のようなクールさはもう感じない、でも違うクールさを感じている。無垢な世界があるという若い頃の信念を失って、この世界がどれだけ酷いかを理解し大人になったいま、私はあらゆる人間の存在と、彼らが感じてることに気づけたことに感謝している。

ある意味では、私はあの頃と変わってないと言えるかもしれない – 子供のように – 純粋に生きるために自分の感情を信じてる。だけど大人になる過程でたくさん経験し、今はもう新しい経験に憧れていない。

 私が聴いていた音楽は変わらない。でも私と共にその意味は変わっていく。

 風、車で通りすぎるスカイライン、人生の喜びを更に感じさせてくれる音楽。私が子供の頃に脳のどこかに埋め込まれたギター・ラインをあらためて聴くと、あの頃の記憶を新しく回想し、ぼーっとしていたあの瞬間に立ち返る。自習室で、3リングバインダーの中の裏打ちされた紙に鉛筆で落書きをしていたあの瞬間に。

 友達を作り、愛を見つける方法こそが音楽だった。昔は一人でないと踊るのが怖かった、でもいまはステージの上で踊っている。

 音楽のおかげだ。知らない人たちであろうと、彼らと共同体だと感じることが出来る、彼らを信じたいと思える。

文:グレタ・クライン

プロフィール

グレタ・クライン

シンガーソングライターのグレタ・クラインは、Ingrid Superstar、Zebu Furなどの様々な名義で40枚以上のアルバム & EPをバンドキャンプ上にドロップ。詩人のフランク・オハラから着想を得てフランキー・コスモスを名乗り始めた後、2014年にスタジオ・アルバム『Zentropy』をリリース。2017年にはサブ・ポップ・レコーズと契約を交わし、今月10月21日には5枚目のスタジオ・アルバム『Inner World Peace』をリリースした。今アルバムの楽曲は、活動休止を余儀なくされたパンデミックの期間に、グレタによって書き上げられた100曲の中から、バンド再結成後メンバー全員で再編成され選ばれたものとなっている。

https://open.spotify.com/album/3cLIlAzid7cOpdsfECmON9?si=0F-OjTLbTd-uAUoYBEpX4Q