カルチャー

Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.5 Ana Roxanne

2022年3月22日

photo & text: Ana Roxanne

translation: Hikari Hakozaki
edit: Yuki Kikuchi

Re: view (音楽の鳴る思い出

この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。


今回の執筆者

■名前:アナ・ロクサーヌ・レクト
■職業:音楽家
■居住地:サンフランシスコ
■音楽が与えてくれるもの:音楽は話すことでは出来ない方法で、自分自身を表現する能力と、自由になれる空間を与えてくれる。演奏しているときが一番自分らしいと感じる。
■レビューするアルバム:『ハート・ソングス』 ムーンドッグ

『H’art Songs』Moondog

ムーンドッグとの思い出

 アイオワ州の田舎を離れ、故郷のカリフォルニアに戻らず、ミネアポリスへの移住を決めたのは2008年のことだった。

 ミネアポリスに移った当初の私は、たまに音楽の授業を受けていたものの、学校に入学することはなく、主にコーヒーショップで働き、プログレやマスバンドでベースを弾いていた。その時は誰かと一緒に演奏することがほとんどで、バンドの曲作りに参加することはあったけど、自分のプロジェクトのための作曲はしていなかった。

 過去にはシンガーとしてジャズスクールに通ったこともあった。でもピアノなどの楽器は特別上手くなかったから、どのように作曲すればいいか分からず、そもそも自分に作曲する能力があるかも分からなかった。引っ越してきたばかりの頃は、ミネアポリスの生活の方が故郷のカリフォルニアよりも面白いと感じていたし、生まれ育った場所から離れ自分の道を見つけることにとてもワクワクしていた。

 しかし時が経つにつれ、慣れ親しんだものや家族の元を離れて、見知らぬ町で暮らす二十歳そこそこの私は、自分の人生を見極めようとすることで思い悩むようになっていた。友人はいるはずなのにミネアポリスでの多くの経験は孤独で、私は自分の居場所がないと葛藤していた。それに人生の方向性が定まらないが故、ちゃんとした仕事に就かなければというプレッシャーを、自分自身からだけでなく両親からも感じるようになっていた。

 そんな頃、私は午後になると本屋を訪れ、いろんな本で読んだ詩や文章から心に残った文を見つければ、それを日記帳に書き留めていた。それに倣うように、音楽を聴くときもインスピレーションを受けた歌詞に出会えば、その抜粋を日記帳に書き記していた。

 あるとき、私は一人でバーの席に座り友人が来るのを待っていた。私はムーンドッグの「High on a Rocky Ledge」を聴きながら曲の歌詞を書き出している。店内は騒がしかったけど、私は騒音を無視して音楽に集中していた。ムーンドッグのアルバムを聴いたのはその時が初めてだった。アヴァンギャルド・ミュージックに触れること自体もおそらく初めてで、その時の私は「アヴァンギャルド」という言葉の意味さえ知らなかった。 

 終始素晴らしいこのアルバムの中で、私が特に気に入ったのは、そのシンプルさと前向きな優しい歌詞だ。

“Do Your Thing “は自分の個性に自信を持つことを促す刺激的なアンセム。
“I’m This, I’m That “は人間の二面性を反映した甘い小曲。

 でもこのアルバムの中で最も私の心に響いたのは”High on a Rocky Ledge “だった。もし私が史上最高のラブソングのリストを作るとしたら、この曲をトップ5か10に入れると思う。この曲はスピリチュアルな領域に達しているラブソングの一つで、誰かを愛する気持ちがより高次元にあることこそ、真の献身であることを私に教えてくれた。

 書き出した歌詞を読み返す私は、真の献身を想像しながら、いつかこんな素晴らしい曲を自分でも書けたらと願っていた。ムーンドッグの音楽は何かに励まされたいと落ち込んでいた私を慰め支えてくれた。  

 その後、一年間幼児教育を学び、地に足をつけた生活を送るため、私は保育所で働き始めた。やりがいのあったその経験のおかげで、サンフランシスコでの仕事を得た私は、2011年の夏にミネアポリスを離れた。

執筆者プロフィール

Ana Roxanne

聖歌隊として活動していた高校生の頃、MTVでアリシア・キーズの「Fallin’」の演奏を見てシンガーへの夢が膨らむ。ミネアポリスに移住したのち、ジャズスクールで音楽理論の基礎を身につける。2015年にはEP『~~~』を完成させ、友人や知人のみに配布されたが、2019年にLAのLeaving recordsからリーシューされた。シカゴのKranky Recordsと契約し、2020年に『Because of flower』をリリース。私生活ではチェスを嗜み、その結果を秘密のツイッターアカウントに記録している。

https://www.instagram.com/frincess/

https://open.spotify.com/album/4JShepplFefZ43GXoE4bRd?si=DlmMflQHTjeFl5-QA0ivGw