LIFESTYLE

Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.9 Mahne Frame

2022.08.06(Sat)

text: Mahne Frame
translation: Bowen Casey
edit: Yuki Kikuchi

Re: view (音楽の鳴る思い出

この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。


今回の執筆者

https://open.spotify.com/artist/0O1hTTSAVlJKFo7urBx6FI?si=mJxavwwHQQigyeizAYDkKQ

■名前:Mahne Frame, intern at 21 N FUN
■居住地:東京
■音楽が与えてくれるもの:妻、しかしまだ子供はいない
■レビューするアルバム:『Chill Out』The KLF

https://open.spotify.com/playlist/5WLlqLHPEjOVDY8iQMUQPR?si=3719242d94244726

スターウォーズを観ない理由

 事実を知っている者たちへ、これを読んで怒らないで欲しい。日本語を喋れず四年間も東京に住んでいると何が本当だったか思い出せなくなる。それに俺の記憶力はもともと良くないんだ。まぁでも頑張って綴ってみるよ。

 The KLFの'Chill Out'を聴くとき。

 このレコードを聴くと、若い頃にしか感じ得なかった有機的な自由を感じることが出来る。だけどその反面、このレコードを聴く度にそうした感覚が少しずつ薄れていって、いつしか完全に洗い流されてしまうような恐怖も感じてしまう。俺の脳が新しい経路を切り開いて現在の環境に惑わされると、オリジナルなものを台無しにしてしまんじゃないかって不安になる。だから実のところ、このレコードを聴くことはほとんどない。記憶を辿りはじめ、記憶の記憶を掘り起こしはじめると、打ちのめされた気分になる。亡くなった親戚や友達との思い出が、思い出の思い出に書き換えられるとしたら、それはきっとレコードを聴くときにも起こり得ることだろう。

 仕切り直そう。The KLFの「Chill Out」を聴くとき。

 俺はキリン・J・カリナンを思い出す。アメリカの真ん中あたりでこのレコードを聴かせてくれたのはキリンだった。これから綴るのは、夢を見ているような気分だった。

 その一週間まえ、俺は額縁職人としてシドニーで朝の9時から夕方の5時まで働いていた。木材の角を切ったり繋いだりしながら、キリンのアメリカ・ツアーに連れて行って貰えるよう彼を説得し続けていた。

 金曜の午後キリンはLAに到着して、一人でツアーに出る準備をしていた。彼のツアーに本当に参加したかった俺は最後の手段として、とにかく金はなかったものの、無償で構わないからツアーに参加させて欲しいと懇願した。キリンから返事を待つあいだ、タイムカードを切った俺は職場の同僚に、来週の月曜日にまた出勤してるか、LA行きの飛行機の席に着いているか、そのどちらかになるだろうと伝えた。

前置きが長くなったが、キリンはこれまで出会った誰よりも声高にシドニーを推進する人物だ。メルボルン側を主張するディベートで彼を相手にしたらどうなってしまうか分からない。

 キリンは右肩の前方部にSFC(シドニー・フットボール・クラブ)のタトゥーを入れていて、いつも上半身裸だから、彼が視界に入るとき、顔の次にそのタトゥーに目がいく。

 シドニーが大好きなキリンの音楽を初めて聴いたのもまた、シドニーのハーバーブリッジを渡っているときだった。俺は二人の友人とクレイグリストで手に入れた冷蔵庫を乗せて車を走らせていた。カーステレオからキリンの“Embracism”が流れると、既にキリンの音楽を知っていた友人たちはキリンの音楽に対して、一人はゴミ側、もう一人は天才側で討論を始めた。二人が討論を繰り広げるなか、ハーバーブリッジの上で、俺の脳は混乱から歓喜へと着実に変化していった。

 話を戻そう。アメリカの真ん中あたりで、キリンがこのレコードをかけたとき。

 それは夜だった。ツアー中の車中で音楽が流れる時、いつもキリンは、ドラム、ベース、ギターなど、あらゆる楽器の演奏を身体で表現してくれる。もし君がキリンとドライヴをしている最中にメタリカの“Blackened”が流れたら、彼がどれだけ熱心にそれに取り組むかが一目で分かるだろう。

 だけどThe KLFの『Chill Out』は別物だった。後部座席に座る彼が何もせずじっとしているのを見るのは非常に稀なことだった。

 それがいつもの帰り道だとしても、夜間の運転は音楽と繋がる理想的な環境だ。自分が実際にアメリカにいるという戸惑いや、名前も知らない広大な土地を走っているという畏敬の念が加われば、なぜこのアルバムが真っ先に思い浮かんだのか理解できるだろう。

 次に思い出すのはテックス・クリックだ。テックスは東京での思い出を共有できる数少ない親友の一人だ。俺たちはここで週に何度も会う。まだ自粛している人がいるなど、コロナの影響が残っている最後の国の一つである日本では、彼と会えることは俺にとって大きな救いになっている。だけど俺が参加したキリンのアメリカ・ツアーにテックスも参加して、そのツアーのために彼が眉毛のないスキンヘッド姿になったことを思い出すと、俺の心はより救われる。そんなテックスの姿のおかげで、今とあの頃の彼を区別することが出来る。俺たちはツアー中ベッドを共にし、互いの頭を剃り合いながら、ゆっくりと固い絆を築いていった。

 その夜、テックスは今もまだリリースされていない、彼の楽曲にまつわるドキュメンタリー映像の撮影に忙しくしていたが、真夜中に撮れる映像は限られていた。それでシボレー社の大きなヴァンのキリンが座る後部座席にテックスも仮眠をとるために乗り移ったので、スパイクが俺の隣の助手席に乗り込んできた。

 だから当然スパイク・ファックのことも覚えている。その夜のショーが終わって、彼女は数日のあいだ俺たちに同行するためヴァンに乗り込んだばかりだった。キリンは俺に運転を続けるよう指示し、スパイクには道中で泊まる場所を見つけるまで俺を眠らせないよう指示した。俺たちは夜を徹して高速で運転し、車中に爆音を響かせがら、ニルヴァーナやカリフォルニアのポルノスターのガールフレンドの話をした。

 そしてThe KLFの抽象的なサウンドが流れたとき。

 俺たちはフロントガラスに映る地平線上の美しい光を見た。その後頭のイカれたトラック運転手やエイリアンの話で盛り上がっていると、小さく揺れる飛行機がヴァンに向かって真っ直ぐ突進してきた。俺たちが両手で目を覆った瞬間、飛行機は真上にカーブし、道路に隣接する畑を横切りどこかへ飛んでった。本当に危機一髪だった。農作物の散布をしていた農家は慌てふためいたに違いない。うっかり夜明けまで車を走らせる俺たちはその瞬間を振り返り、二人で興奮を噛み締め合った。

 ツアーが終わった後、スパイクとは一度だけすれ違いざまに会ったものの、特に喋り込んだりしなかった。おそらく広大なアメリカの空の下で過ごしたあの夜には、再会したときに世間話をする必要がなくなるような特別な何かがあったんだろう。

 そうしたこともあって、とにかく俺はThe KLFの『Chill Out』を聴かないようにしている。同じ理由でスターウォーズも観ない。ノスタルジックなコアとの繋がりのある特別な思い出に癒されることができる回数は限られているから、本当に切羽詰って癒しが必要な時のためだけに溜めておくようにしている。

 最後に、この機会をくれたYuki Kikuchiと同様、夢に向かわず仕事に戻ってくるなと俺に理解を示してくれた、額縁職人として俺を働かせてくれていた、グラフィック・アート・マウント株式会社にも感謝と敬意を表したい。

 俺はいま自分の音楽プロジェクトを持っている。もし君が俺の音楽を聴く機会があるなら、車で夜間走行しながら俺の音楽を聴いてみて欲しい。

 今この原稿を書くためにThe KLFの『Chill Out』を聴いているが、そうしているうちに、また大切な思い出を一つ殺してしまったかもしれない。

文・Mahne Frame

プロフィール

Mahne Frame

オーストラリアのブッシュ出身、現住居は東京。Kirin J CallinanやAya Gloomyなど複数のアーティストにドラム・スキルを提供。The Prodigy、Nick Cave、Goldie、Valentino Rossiに影響を受けた彼の音楽を、NME誌は「バリトン・モノトーン」、PAPER誌は「冷たいレイブ・ビート」と評すなど、シンプルかつシニカルで透明感のあるサウンドが音楽好きの間で話題となっている。最近では日本のラッパーのTohjiや、オーストラリアのアーティストBuzz Kullともコラボしている。

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