LIFESTYLE

Re: view – 音楽の鳴る思い出 -/Vol.8 Tarah Kikuchi

2022.06.28(Tue)

drawing, photo, text: Tarah Kikuchi
translation: Bowen Casey
edit: Yuki Kikuchi

Re: view (音楽の鳴る思い出

この連載は様々なミュージシャンらをゲストに迎え、『一枚のアルバム』から思い出を振り返り、その中に保存されたありとあらゆるものの意義をあらためて見つめ、記録する企画です。


今回の執筆者

https://www.youtube.com/watch?v=XV2jeeOrRcs

■名前:Tarah Kikuchi 
■職業:ギタリスト、シンガーソングライター
■居住地:東京
■音楽が与えてくれるもの:素直な気持ち
■レビューするアルバム:『Loaded』The Velvet Underground

https://open.spotify.com/album/4BOaL1TOarypViTKNrcP8d?si=jRtDRwOKStqUO-NnLUr0JQ

彼のいた風景

ヴェルヴェッツを聴くと時々思い出す場所がある。大学の図書館の裏庭。そこは汚らしい草木と小虫たちが幅を利かせている陰気な場所だ。あの場所で僕はKと初めて本当の話し合いをし、それから長い時間を一緒に過ごした。

あの日、Kは僕に強引にヴェルヴェッツを聴かせてきた。僕は唐突にルー・リードという存在に出くわし、時空を超えて彼のいた風景へと引きずり込まれたのだ。

その風景は僕に大きな希望を与えてくれたが、同様に、Kのいたあの裏庭も僕にとってかけがえのない風景だった。

Kと出会ったのは大学生活が始まって間もない頃だった。

入学式からずっと大雨が続いていたが、その日は雲一つない快晴だった。大学へ向かう玉川上水沿いの緑道はまだグシャグシャにぬかるんでいて、靴を汚さないように足下に意識を集中させなければならなかった。その日は映像学科のオリエンテーションがあり、初めて同学科の同級生と顔を合わせる機会だった。すでに30分の遅刻だ。もう焦っても意味がないと思いゆっくり歩いたが、口の中が乾いて金属の味がしたし、背中には汗が滲んでいるのを感じた。

教室のドアをそっと開けて中の様子を伺うと、後ろの壁際に1人だけ即席のパイプ椅子に座っている奇妙な男がいた。彼もきっと遅刻したのだろう。僕もその隣にパイプ椅子を組み立てて座ることにした。チラッと横を見ると、その男はとても遅刻した者とは思えないすました顔をしていた。かなり痩せていて、ヨレヨレのTシャツにボロボロのジーンズを履いていた。髪は少し長めでヘルメットのように頭にピッタリとくっついていた。銅板のように硬そうな顔とブリキ人形みたいな骨格の体。僕はその男に何故か惹かれた。

Kは水を飲むように映画を見る男だった。僕の知らない映画をたくさん知っていた。大学の図書館には多種多様なDVDが置いてあり、いつでも視聴スペースで見ることができた。授業に出ていなかった僕たちは他にすることもなかったので毎日そこで映画を見た。

彼はその後何本か自主制作の映画を作ったが、その制作のためなら他のこと全てを犠牲にした。寝食さえ忘れて頬がこけていた。極度に繊細で思慮深い性格だったが、それゆえストレスが溜まりやすく他人にも同様の思慮深さを要求した。コウモリ並みの聴覚を持っており、隣人の生活音にいつでも悩んでいた。ストレスが限界に達すると異常に暴力的になり、部屋のカーテンを燃やす、窓から冷蔵庫を投げ捨てるなどの奇行に走った。

二歳年上の彼の話には妙な説得力があり、人を引き込むところがあった。しかし実際は自分の主観を事実のように語ることに長けているだけで、その能力は彼とずっと一緒にいた僕にもいつの間にか身についていた。

全ての授業が終わる18時以降、図書館の裏庭にはほとんど人が来ない。そこは僕たちの秘密の場所だった。映画が見終わると必ずそこで一服するのだ。スカスカの藤棚の下に苔びっしりのドブ池があって、濁った目をした巨大な鯉たちがそこで余生を過ごしている。池に絶え間なく水を流し込むポンプの規則的な音がその場の時間の流れを支配し、外界を遮断する。その音は僕らを安心させた。腐った木のベンチに座って何時間も音楽や映画の話をした。そして初めてヴェルヴェッツを聴いた。最初に聴いた曲は''Rock&Roll''。コンビニで買った安物のイヤホンを彼のiphone5にさして再生ボタンを押した。

何かが僕に起こった。巨大な男根をねじ込まれるような感覚。時間と空間を超えて目の前の世界が開けていく。

''Hey, it's alright now!!''。その叫びは陰気な魔術や幽霊を一掃する。邪悪で暴力的なのにどこかやるせない。ルー・リードという男。彼がこの曲を作った。そして彼は確かに街の中に存在している。1960年代のNY。石灰色の高層ビルが立ち並ぶ硬い化石に覆われた街。群衆がひしめき、排気ガスと下水の匂いが立ち込める街路を擦り切れたレザーにサングラスで歩いている。彼にとってそれは退屈な日常かもしれない。しかし音楽を通して彼のいた場所に行けることは僕にとって感動的なことだった。

曲が終わりイヤホンを外すと僕は一瞬ここがどこだかわからなくなった。しかしすぐにあのポンプが作り出すゆっくりとした時間の流れに取り込まれてゆく。全ての出来事が異常な精密さで必然的に進んでいく。太陽はもう沈んでいた。鮮やかなピンク色の空の上では静かに夜が彷徨っていた。肌寒い風が吹いて藤の葉っぱが揺れる。ドブ池に小さな波が立つ。1匹の茶鯉が口を開けて水面に顔を出す。隣ではKが新しいタバコに火をつけていた。僕はなぜだか幸せな気持ちが胸の中に溢れてきて涙が出そうになった。

今でもこのアルバムを聴くと時々あの場所を思い出す。僕もKも自分の才能に根拠のない自信を持っていたが、結局のところ何から手をつけたらいいのか全くわからなかった。だから毎日とりあえずあの場所に行ってお互いを確認し合う必要があった。

あの光景。スカスカの藤棚。苔びっしりのドブ池。葉っぱの伱間から差し込んでくる強烈な夕日。Kは眩しそうに下を向いている。クビキリギスの鳴き声が聞こえてくる。夏はすぐそこまで来ていた。

文:Tarah Kikuchi

プロフィール

Tarah Kikuchi

ミュージシャン。2017年頃から宅録で楽曲制作を始め る。ブルースやジャズ、ロカビリーを音楽のルーツとし て持つが、楽曲にはThe Velvet UndergroundやT-Rex などの70年代ロックからの影響とベッドルームポップ 的な要素が色濃く出ている。
※ディスコグラフィー
2019年 デモ音源集「Greenback2」
2021年 EP「Science」

https://www.tunecore.co.jp/artists/Tarah-Kikuchi

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