カルチャー
MY STANDARD COMICS/滝口悠生
2022年10月29日
「ディテールを積み重ねて描かれる
日常の風景に、胸を打たれます」
小説でも漫画でも、何度も読み返したいと思える本を手に取ることが多いですね。『さんさん録』もそのひとつで、かれこれ15年ほど手元に置いています。妻を亡くしたおじいさんが息子夫妻の家で暮らしながら主夫になっていくという話です。家事に不慣れなおじいさんのよりどころは、妻が遺した一冊のノート。肉じゃがのレシピからアイロンの掛け方まで、家事のノウハウが書いてある家事事典みたいなもので、おじいさんはこれを読み返して日々を過ごし、奥さんのことを思い返します。建物の直線でさえ手描きの絵には、温かみもあって作品の雰囲気にぴったりなんです。
My Standard 1
『さんさん録』 こうの史代
双葉社 2004〜’06年 全2巻
『この世界の片隅に』などで知られる著者の一作。妻に先立たれた夫の参平は、彼女が遺したノートを読み返し、主夫として暮らすことに。「ノートの内容はたまにしっかり紹介されます。ボタンの付け方などを見るために、実用書として読み返すことも(笑)」
そんな日常のディテールが丁寧に描かれていると感じた最近の作品に『いいとしを』があります。バツイチの40代男性がお父さんと実家で暮らす……と、『さんさん録』の逆バージョンのようなお話(笑)。その日々は「実家って荷物多いよな」とか「雨戸毎日閉めるよね」といった細々とした生活臭がそこかしこに描かれる。なかでも特徴的なのは連載中にやってきたパンデミック下の暮らしぶり。当時感じた不安から、時間がたってマスクに慣れて、なんなら面倒に感じるようになって、と変わっていった記録がここにある。そうした日常の気づきを、劇的ではなくフラットに描くところは散文的でもあってとても素敵だなと。
My Standard 2
『いいとしを』 オカヤイヅミ
KADOKAWA 2019〜’21年 全1巻
3人の女性を描く『白木蓮はきれいに散らない』と同時刊行された、著者の最新作のひとつ。母の他界を機に実家に帰った息子と父の二人暮らしが始まる。「生活感があるけれど、描き方はスタイリッシュ。だからこそ散文的に感じられるのかもしれません」
一転、『あれよ星屑』は日中戦争を過ごした兵士たちの日々の物語ですが、こちらも肝はディテールに。戦争を描いているから内容は重たいけれど、ところどころに軽さがある。これはテーマがテーマだけに気軽にできることではなくて、しっかり取材がなされている証しだと思います。情報量が多いからこそ、「この時代にも自分と変わらない人がいたんだな」と思わせる説得力がある。小説や映画など含めても戦争を描いた作品として、2010年代のマスターピースと言える作品だと思います。
My Standard 3
『あれよ星屑』 山田参助
KADOKAWA 2013〜’18年 全7巻
成人誌からスポーツ紙まで様々な媒体で作品を発表してきた著者が手掛ける。敗戦直後と日中戦争期の日本軍兵士を描く。「戦争は悲惨だけど、そこで過ごす日常は辛いだけではない。戦争を知らない世代にもこれだけ描けるのだ、と思わせるすごい作品です」
プロフィール
滝口悠生
たきぐち・ゆうしょう|1982年、東京都生まれ。小説家。『死んでいない者』で芥川賞受賞。近作に単著『水平線』、共著に『鉄道小説』など。読んできた漫画に『じゃりン子チエ』やつげ義春作品なども。
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