カルチャー

小さな店のはじめ方。 Vol.4

編集者、タコス屋になる。

2022年8月17日

photo & text: Taichi Abe
cover design: Bob Foundation

 ざるを使って大釜から茹でた蕎麦をあげる父の姿、冬場でも冷水に手を入れてその蕎麦を洗う母の所作、思い出が詰まったその場所を見ると、いくら空っぽだってそのときの様子や漂っていた香りまでも思い出せるから不思議だ。いつまでも残しておきたい景色ではあるけれど、前進することに決めたから僕は店の色々を処分した。器に厨房機器、残っていた伝票や手書きのメモまで。センチメンタルになりながらすべてをやり終えて、改装工事に着手しようと思った矢先、大きな課題に突き当たる。「アスベスト問題」だ。人体への健康被害があるとされる「アスベスト」は「石綿」とも呼ばれるもので、問題視される前までは、耐火のための材料や、壁の下地や仕上げ材の原料として建物各所に用いられてきた。その便利さゆえに「奇跡の鉱物」なんて呼ばれることもあったようだけど、今では悪者扱いだ。古い建物を解体する前には調査が必要なのだが、築50年の我が実家にも、もれなく各所にアスベストが使われていることがわかった。センチメンタルな時間はあっという間に消え去り、戦慄の瞬間を迎えることになる。

蕎麦屋の器
実家の蕎麦屋は、蕎麦のみならず丼ものも提供していた。いわゆる「街の定食屋」のような店だった。どれも見慣れた器で別れが名残惜しかった。

 1000万円。正確な数字はもはや定かではないが、それくらいの金額だったと記憶する。4桁万円台の数字がその見積書には書かれていた。総工費用ではなく、アスベストの除去(アスベストが飛散しないように溶剤で固める「固化」という方法もある)に必要な金額。とにかくアスベストをどうにかしないことには、店内を壊すこともできないのだ。法律は、解体業者スタッフの健康保全と、その特殊な素材の処分費用の負担を、施主に求めた。建築&設計を手掛けてもらう内山章さんこと「カントク」と一緒に、専門業者からのその数字を神妙な面持ちで眺めながら「この数字だと前に進めない」ことを僕はカントクに告げた。そこから『スタジオA建築設計事務所』と僕の奮闘は始まる。互いのツテを辿りながら「相見積もり」をとること4社。あれやこれや交渉をしてもらった結果、半額以下に抑えられたことに加えて、区からの助成金も受けられることになった。知っているか知らないか。動くか動かないか。それだけで(まあ、なかなかにパワーが必要だが)大きな金額の差が出ることに驚いた。かくして、無事に思い出の場所に電動ドリルが入れられることになったのだが、そうなると戦々恐々としていた時間はあっという間に消え去り、再びセンチメンタルな時間を迎えることになる。どうにも人間はゲンキンだ。

 改装のためのスケジュールが思い通りに進行すれば、竣工は遅めの秋。カントクから告げられたそのタイミングを、料理を担当してもらう『and recipe』の山田英季さんと小池花恵さんに伝えると、山田さんが呟いた。「店の完成まで時間があるなら、ポップアップをしてみるのも手だと思いますよ」。タコスについてより具体的に向き合えること、お客の反応を見ながら修正していけること、話題化が狙えること…もちろん、リスクも含んではいるが、開店を待たずしてポップアップイベントを展開することはメリットが多いような気がした。でもだからといって「はい、やりましょう」で実現できるわけではない。思案しているところに、奇跡的な電話がかかってくる。相手は、写真とデザインを手がけるグループ『ゆかい』を主宰する写真家の池田晶紀さん。彼とはBRUTUSのときから一緒に仕事する仲で、僕の退職の挨拶メールを見て電話をかけてきてくれたのだ。「飲食やるんだって? 夏にイベントやってみない?」。池田さんの事務所は、地下に『サウナラボ』という施設がある「神田ポートビル」内にある。一角がイベントスペースになっているので、そこでのイベントの提案だった。もちろん、ふた言返事で「YES」だ。

 嘘みたいな流れだが、タコス屋『みよし屋』のデビュー戦は決まった。8月19日(金)〜21日(日)の3日間。場所は〈神田ポート〉。サウナにタコスときたら絶対にビールだし、帰りに買い物なんてできたら最高だ。だから、僕は好きな4組5ブランドに一緒に参加してもらえないか声をかけた。デンマークのクラフトビールブランド『Mikkeller』、店のロゴを手掛けてくれたBob Foundationのデザイン雑貨ブランド『Daily Bob/Lilla Bäcken』。国内外にファンが多い奈良の靴下ブランド『ROTOTO』、辛口手相占いが人気の台湾人フェイフェイさん(8月21日のみ参加)。さらには、せっかくのポップアップイベントだから、什器だってちゃんと準備したい。そこで、空間設計から家具やプロダクトのデザインまで幅広く手がける『DAYS.』の西尾健史さんにお願いして、什器をつくってもらうことにした。

 雑誌と同様に、たくさんの人たちの力を借りた今回の「編集」が、どうか多くのお客さんを魅了しますように。今後も、トライアンドエラーの編集を繰り返しながら、『みよし屋』が訪れる人たちを楽しく「WRAP ME TENDER」できる場所になっていきますように。開店前の切なる想いを抱きながら、今はただ前進あるのみだ。

プロフィール

阿部太一

あべ・たいち | 1979年、香川県小豆島に生まれて東京で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。anan、BRUTUS、Hanakoの3部署で編集者として活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとしてエディターを続けながら、2022年末のタコス屋オープンに向けて準備中。店の完成を待たずに8月19日(金)〜21日(日)、『神田ポートビル』にてポップアップイベント「タコスにビール、雑貨だよ!全員集合!」を開催。年末のオープンに向けて、そろそろ店舗スタッフも募集します。興味がある方、DMください。

Instagram
https://www.instagram.com/tacoshop_miyoshiya/

イベント詳細
https://www.kandaport.jp/event/20220805

スタッフ募集/DMアドレス
info@miyoshiya-tacos.shop