ライフスタイル
【#2】アメリカ・ネブラスカ州で出会うたくましさ
2022年3月18日
text & photo: Joanna Reiko Sato

私をアメリカへと駆り立てたもの。それは、亡くなった母のこと。私の母はフィリピン人で、日本に嫁いで来る前は、アメリカで出稼ぎをしていた。家族がひとり出稼ぎに行って、故郷の家族に仕送りをするのはフィリピンではよくある家計のスタイルらしい。家事をする人、子供やお年寄りの面倒をみる人、そして外で稼いでくる人。大家族を活かした役割分担をして生活するのだけど、母の場合は11人兄弟の長女ということもあり、子供の頃から、路上でものを売る仕事、下の兄弟の面倒、そして家事。ひとりでオールマイティにこなしていた。働き者の精神は大人になっても変わらず、結局は過労で亡くなってしまった。
それから私は、「お母さんがちょうど私くらいの年齢の時に見ていた海外の景色を、私も見てみたい」と思い、渡米した。2017年のことだった。初めて行ったのは、母が出稼ぎしていた地域から近いニュー ヨーク州。そこでは短大とカルチャセンターの合いの子みたいなコミュニティカレッジに通って、それから、ネブラスカ州に引っ越した。全米でも群を抜いて学費が安いと噂の大学に編入するためだった。元々は母の軌跡を辿って渡米したのに、母が行ったことのないネブラスカ州に引っ越し、そこには、母もきっと知らなかったであろうアメリカの別の姿があった。

「え、ネブラスカ、どこそれ?」アメリカ人でも、ネブラスカ州の所在地を正確に示せる人は少ない。地図上で見ると、 ネブラスカはちょうどアメリカ本土のど真ん中にあるのだけど、実際住んでみると、とにかく地味で何もない場所だった。

ネブラスカは、平たい。地平線の向こうまでトウモロコシが植っていて、車をどれだけ走らせてもトウモロコシ畑から抜けられない。たまに変な匂いがして周りを見渡すと牧場だったりするのだけど、すぐにまたトウモロコシ畑に戻る。ちなみにこのトウモロコシは、食べても全く美味しくない。トウモロコシ油や燃料などに加工するためのトウモロコシだからだ。

ネブラスカの冬は、厳しい。マイナス20度になることも珍しくない。日本のように湿ってはいないので、東北地方みたいな雪の降り方はしないのだけど、道路のあちこちでブラックアイスが発生する。だけど私は、自分の身の回りで、冬にスタッドレスに履き替えるネブラスカ人に出会ったことがない。一年中ノーマルタイヤなので、住宅街の坂道の一時停止の標識は、「冬場は無視するべし」と教わった。止まると滑るからである。

私が住んでいたウェイン市という場所は、役場が公式に言うには、シティ・オブ・ウェインなのだが、実際には人口が 5000人程度。日本でいうところの過疎の町だった。ちなみに私が通った大学の生徒数は、3500人。周囲を囲う広大なトウモロコシ畑のスケールとは対照的に、町も大学も、とにかく小さな狭い世界だった。そんなネブラスカにわざわざ引っ越してくる余所者は、かなり少ない。私も含め留学先は、そりゃあ正直本当はニューヨークやカリフォルニアの大学に行きたいけれど、学費が安いのでネブラスカに来た。第二志望の中で、それでもアメリカに残ろうと必死。みんな苦労人だった。

走るのは本当は大嫌いだけど、スポーツ奨学金がもらえるからとケニアからやってきた子。バイトするにも町が小さすぎて雇用がないので、人脈も無い中、ベビーシッターやペットシッターの募集を探して、掛け持ちで学費を捻出する子。大家さんに隠れて、アパートの定員の倍くらいの人数でシェアハウスする子。みんな草の根の、生命力だけはあるど根性生活だった。
草、といえば、ネブラスカを象徴するものとして冒頭に紹介したトウモロコシ畑は、開墾される前は全て、トールグラス・プレーリーと呼ばれる固有の草原地帯だった。ぱっと見、雑草みたいな草だけど、さまざまな多様性に満ちたイネ科の植物が原生していたらしい。ネイティブ・アメリカンが住んでいた時代からあった草原地帯は、今はもう9割以上が消失していて、実はアマゾンの原生林よりもレアな存在になりつつあると言われている。

草というのは、一見地味で平凡なように見えて、すごい生命力を秘めている。例えば、ネブラスカの乾燥した夏の落雷で火事が発生して広範囲が燃えても、またしばらくすると新しいのが生えてくる。大きな動物に踏まれて枯れても、やっぱりまたしばらくすると、新しいのが生えてくる。朽ちては芽吹いてを繰り返す中で、その場所に生える草の種類に多少の入れ替わりが起こるので、種類が多く多様性に満ちた草原になる。雑草は、苦難の中で、より豊かになるらしい。
ネブラスカに来る人たちに良い意味でどこか雑草みたいなタフさがあるのは、トールグラス・プレーリーの土地に呼び寄せられた証拠なのかもしれない。先日、ドナウ川下りの旅の出発前に、ベルリンの宿で偶然「ネブラスカの大学に自分も通った」という青年に会った。雑草が踏まれながら分布を広げるように、ネブラスカに育てられた私たちもまた、ど根性で先に進んでいく力を授けられているのかもしれない。
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