TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
LIFESTYLE

【#3】アメリカ・剥製職人を目指した住み込み修行の1年間

2022.03.25(Fri)

 

 住み込みで職人修行というと、いかにもキツそうな生活に聞こえるけれど、私の場合、それは人生で一番ノンストレスで毎日が楽しい生活だった。私が職人修行をしたのは、アメリカの剥製工房。住んでいた場所は、工房の裏庭に置いたキャンピングカー。4万円で買って1年間住んだので、かなり家賃が浮いた。

 カビが生えていた一部の天井は木を張り替えたりしたけれど、暖房、調理コンロ、冷蔵庫など、肝心のものは全て機能していた。4万円にしては、かなりお買い得だったと思う。ところで、剥製工房というのはつまり、熊だとか鹿だとかハンティングされた動物を剥製に仕立てる工房のこと。剥製を作る工程の中で、一番最初で一番大切なのが、毛皮の防腐処理。綺麗に肉や脂肪分を取り除いた動物の毛皮を塩漬けにして、工房の裏庭で天日干しにする。だからキャンピングカーの周りには、動物の毛皮がたくさんぶら下がっていた。

 ちなみにキャンピングカーは「トラックキャンパー」と呼ばれるもので、本来は、「ピックアップトラック」と呼ばれるアメリカ版の軽トラのような車に乗せて使うもの。ベッドスペースが 運転席の真上に来るので、これを地面に直接置いて使うと、 ベッドスペースの出っ張りの真下は空っぽの空間になる。だから私はそこに小さな鶏小屋を置いて、毎朝、窓から手を伸ばして卵を収穫していた。

 朝、何となく明るくなってきた頃に、自然と目が覚めて。それから卵を収穫して、朝ごはんを食べて、工房に行く。決まった仕事を与えられる以外は、出勤時間が完全に自由だったので、太陽がはやく昇る夏は早めに出勤して、寒い冬は遅く出勤した。目覚まし時計を使わない生活が一年続いて、私はすっかり、予定を立てて行動することが苦手になってしまった。

 近い将来消えゆく産業はたくさんあると言われているけれど、「剥製職人」というともう既に「え、そんな仕事あるの?」という返事がきたりする。私も、そんな仕事があること自体、アメリカに来るまで知らなかった。数百年前の作品を持ち出して「現代にはない失われた技術」と評する場面が多々ある伝統工芸の世界。だけど実は、剥製は例外的に現代の方が技術が向上し、失われるどころかむしろ前進している分野でもある。

 剥製というのは、本物なのは毛皮とツノくらいで、その中身は詰め物が入っている。昔は綿やら藁を詰め込んで歪な形をしていたのが、現代の型は立体的な樹脂製になり、目玉も多種多様なガラス玉が使われるようになった。生身の動物は100年やちょっとじゃほとんど進化しないけれ ど、剥製は100年でかなり作り方が進化しているので面白い。

 私が剥製の世界と出会ったきっかけは、全くの偶然だった。 それは大学4年の夏休み、アメリカ・ネブラスカ州の大学に 通っていた私が、家賃を節約するために、夏休みの3ヶ月間をミシシッピ川沿いにカヤックで旅をしていた時のこと。港で声をかけてくれた家族が、鴨専門の剥製工房を営んでいて、 私も試しに1羽、剥かせてくれることになった。鴨なべに鴨南蛮、私も鴨料理は大好きだけど、その食べない羽毛の部分で、こんなに躍動的で、半永久的に保存できる工芸作品が作れるのか。と、感動したし、こんなにアメリカンな職業見たことがないし、これはもうやってみるしかない。と、大学卒業と同時に、剥製工房で修行することにした。

 剥製職人はやっぱり、剥製を作るのが好きなので、交通事故で亡くなってしまった動物を趣味で剥製に仕立てることもある。同僚は、「そのうち作品にするから」と、動物の死骸を拾っては集める癖があって、家に専用の冷凍庫を設けてい た。私の場合は、彼氏とのデートで、「ルールその1、デート の時はビニール袋を用意してくること」を言い渡された。何かあっても拾って帰れるように、である。そうは言ってもこれは特殊な例で、剥製工房のお客さんはみんなハンティングが趣味で、そこで仕留めた獲物が材料になる。

 こうやって鹿を仕留めたら、その場である程度捌いて、肉は食材として持ち帰り、食べない頭部や毛皮の部分を工房に持ち込んで、加工を依頼する。現代、これだけ自然環境の保護やヴィーガンなどが注目されている中、「ハンティング」「剥製」と聞くと、それだけで野蛮な印象や不快感を抱く人が多いのは、わかっている。けれど、私はこのハンティングと剥製を通して、一つ、人類が生きる上で大切なことを学んだ。それは、人類は、自分たちで食べ物を産み出さないと、生存していけないということ。

 鹿の足一本、スーパーで肉類を一切買わずに毎日食べたら、 どれくらいで食べ切れるか試したら、1ヶ月しか保たなかっ た。一人一頭仕留めても、1年、保たないだろう。肉も、野菜も、魚も、何十億といる全人類が生きていくためには、自然から採取するのではなく誰かが生産しないと成立しない。逆説的にいうと、自分たちで食べ物を生産できる知恵を身につけたからこそ、これだけ人類は繁栄することができたのだろう。住み込みで職人修行をした1年間。そこで学んだのは、剥製の技術のだけにとどまらず、かけがえのない一年間だったと、今振り返って思う。

プロフィール

佐藤ジョアナ玲子

カヤックで単独5大陸制覇を目指している25歳。2021年には「ホームレス女性大生川を下る」を出版し、冒険作家としてデビュー。ミシシッピ3000kmの川下りに続き、現在は、ヨーロッパを冒険中。ドイツ・ドナウ川を起点に、9つの国境と黒海・マルマラ海・エーゲ海を経由する。

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