ライフスタイル
【#1】カヤックで世界を旅するということ
2022年3月11日
text & photo: Joanna Reiko Sato
私がこの記事を書いている場所は、ドナウ川沿いの岸辺に張ったテントの中。そしてあなたがこの記事を読んでくれている4月の今日も、私はドナウ川沿いにテントを張って過ごしています。だって、ドナウ川の源流ドイツからエーゲ海沿のトルコまで、9つの国境を越える約4000kmの長いカヤック旅の真っ最中だから。
ドナウ川下り中は基本的には毎晩、テントが張れそうなところを適当に見つけて寝るキャンプ生活。選ぶなら、誰にも見つからないような茂みで囲われた、平たい草むら。町はずれにちょうど良いあずま屋を見つければ、そこで寝るのも悪くない。つまりは、勝手に野宿しているわけだけど、案外、観光地のような活気のある街だと、落ち着いて野宿できる場所がなかなか見つからなかったりもする。ちなみに今夜泊まっているのは、大型客船がたくさん停泊している港の対岸の橋の下。夜景が綺麗だけど、川を行き来する船のエンジン音がちょっとうるさい。
旅の始まりはドイツの西にある、ウルムという町。写真の町はお気に入りの一つ、ニューバーグという町の風景。お城があって、教会があって、まさにパズルの絵みたいな街並み。 それがだんだんオーストリアの国境近く、ドイツの東の方までやってくると、建物がどういうわけだかカラフルになってきて、町の中心には奇抜な時計台。川を下るにつれて、だんだんと風景が変わっていく。
私のカヤックが進む速度は大体、歩くのより早くて走るのより遅いくらい。地球の反対側にだって飛行機ビューンと飛 べちゃう現代に、これだけのんびりとした速度で世界を旅するのは、逆にすごく贅沢なことかもしれない。
ドナウ川は夏になるとツアー・インターナショナル・ドナウ (通称TID)と呼ばれるイベントが開かれて、私と同じように、ドイツから海を目指してカヤックを漕ぐ人たちが集まるらしい。だけど私が今、漕いでいるのは、冬のドナウ川。朝になると、いろんなものに霜が降りて、一面真っ白。ドナウ川の土手で話しかけてくれる人たちも、みんな大抵、「えっ!冬に やってるの!?」と驚く寒い気候。だけど毎日野宿しているせいで、体が慣れてしまったのか、もうあまり寒く感じない。吐く息が白いのを見て、「あ、今寒いんだ」と自覚する。
ドナウ川の場合、たまに、水門に行く手を阻まれて、岸を歩いて迂回しなくちゃいけないこともある。カヤックは小さな荷車に乗せて運んで、荷物は背負って3往復。ただのんびりカヤックを漕ぎたいだけなのに、全くなんでこんな重労働を強いられねばならないのかと、そう思う日がないわけではない。だけど、私は、楽をしたくてドナウ川を下っているんじゃない。ただ、とにかく無性にドナウ川が下りたくなって、 それでここまでやってきてしまったのだから、文句を言わずにせっせと荷物を運んで先に進むしかない。
私がカヤックに出会ったのは、中学生の頃。当時入り浸っていた東京都大田区にあるカメラ屋さんルミエールの店長が、フォールディングカヤックを収集していたのがきっかけ。私も誘われて、神奈川県の三浦半島の海を漕いだり、カヤックで磯遊びに出かけたり、写真のように藻だらけ抹茶色の湖を漕いだこともあった。私は競技のカヤックのことは知らないし、白状するとカヤックに特別詳しいわけでもない。だけど自転車マニアじゃなくても、誰だってたまに自転車に乗って出かけたくなる日があるように、私もたまにカヤックで「ちょっとお出かけ」したくなる日がある。
そんな私の海外初カヤック旅は、世界最大の淡水湖として知られているスペリオル湖。無人島が点在するアポスル諸島をめぐる一週間のツーリング。あの湖は、塩の満ち引きこそないものの、嵐が来れば その荒れようはまさに海のようで、浴びる波飛沫が塩っぱく ないのが不思議だった。
それから次の海外カヤック旅が、アメリカのネブラスカ州からメキシコ湾まで、ミシシッピ川を下る3ヶ月、3000kmの長距離旅。旅の初め、ビーバーが尻尾で水面を叩きつける音で夜中に目を覚ましていたのが、旅の終わりにはワニがいる地域で寝泊まりをするように。メキシコ湾の近くまで川を下り切ると、パナマから石油を運んでくるタンカー船がたくさん行き来していて。「カヤックでちょっとお出かけ」の延長線に、まさかこんな旅の世界観があったのかと。
カヤックで世界を旅する刺激に病みつきになってしまった私が、ぼんやりと描いている目標。それは、世界の各大陸をカヤックで旅すること。アメリカ大陸編はミシシッピ川を下ったから、今回のヨーロッパ大陸編はドナウ川。私は人一倍、体力があるわけでは全くない。腕力だって、実はここだけの話、腕立て伏せがほとんどできない。ただの凡人。そんな私に大冒険の夢を見せてくれたのが、川とカヤック。川はいつも海に向かって流れていて、そこに浮かんでいるものだったら何だって運んでくれるから。川の流れに身を任せて、ずーっと遠くまで旅をする。それが私の、世界を旅するスタイル。
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