カルチャー
映画監督のS・クレイグ・ザラーにインタビュー。【前編】
2022年2月10日
text: Keisuke Kagiwada
translation: Catherine Lealand
photo: Collection Christophel/Aflo
S・クレイグ・ザラーという男を知っているだろうか。2015年に『トマホーク ガンマンvs食人族』でデビューし、その後『デンジャラス・プリズン -牢獄の処刑人-』『ブルータル・ジャスティス』を手がけた気鋭の映画監督だ。まずは3作の予告編を観てほしい。
いかがだっただろうか。もし、「ありがちなバイオレンス映画か……」と思ったなら早合点。たしかに、ときに目を覆いたくような残虐シーンもあるにはある。しかし、その描き方が異様に静謐なのだ。「なんだこの人は!」と調べてみると、映画以外にも、小説やグラフィック・ノベル、さらには音楽も発表している才人らしい。そんなザラー監督に電話インタビューを決行したので、前後編に分けてお届けする。まずは、ザラーが監督を目指すまでのお話から。
——まず、子供時代のことを教えてください。あなたは映画だけでなく、音楽や小説、グラフィック・ノベルも作っていて、それらについてのレビューも大量に書いていますよね。最初にハマったのはどんなポップカルチャーだったんですか?
最初に本格的に興味を持ったのは、アニメーションだね。それから漫画にも触手を伸ばしていったんだ。もちろん、日本のものも大好きだったよ。
——日本のアニメはどんなものを見ていたんですか?
最初に見たのは、『マッハGoGoGo』で、4,5歳のときだった。それから、『宇宙戦艦ヤマト』『ボルトロン』『百獣王ゴライオン』『Robotech』(『超時空要塞マクロス』『超時空騎団サザンクロス』『機甲創世記モスピーダ』の3作をアメリカ向けに再編集した作品)なんかも見たね。当時、私の地元であるマイアミでは、UHFで日本のアニメがたくさん放送されていたんだ。
——英語で放送されていたんですか?
全部じゃないけど、ほとんどが英語だったね。手塚治虫のアニメが1作、スペイン語で放送されていた気がする。その後、H・P・ラヴクラフトやロバート・E・ハワード、エドガー・ライス・バローズといった古いパルプ小説に興味を持つようになったんだけど、同時にいつも日本のアニメには興味を覚えていて、どんどんアンダーグランドなものを掘り下げていくようになっていったんだ。
13歳くらいの頃になると、日本から輸入した海賊版のアニメソフトを買っては、ビデオデッキで見ていたよ。当時はそれ以外に見る方法がなかったからね。もちろん、字幕はついていなかったけど、何度も見ていると筋はわかるものなんだ。いくつかの作品については、今でもせりふを暗唱できるくらい繰り返し見たよ(笑)。
——日本の漫画では、どういったものを?
私にとって重要な作品が『ゴルゴ13』だね。ポップアイコンと言ってもいい。ずいぶん早い時期にその存在を知って強く惹かれ、漫画が翻訳されたときは狂喜乱舞したね。私の映画や小説の内容を鑑みれば、驚くことじゃないと思うけど。中学生の頃には、映画版も見た。おそらく25回か30回は観ているはずだよ。
——日本人でも映画版『ゴルゴ13』をそんなに観ている人は稀じゃないかと思います(笑)。そう言えば、特撮も好きなんですよね?
今、私はウルトラマンのTシャツを着ているので、間違いなく好きだろうね(笑)。でも、特撮に目覚めたのは、ずっと後になってからだよ。初めて『パワーレンジャー』を見たときは、あまり好きじゃなかったんだ。どうも陳腐に思えてね。でも、歳を重ねるにつれて、ヒーローのスーツやミニチュアのセットを作るクリエイターたちの技術力の高さがわかるようになり、彼らへの感謝の気持ちがわいてくるようになった。以来、ウルトラマンや仮面ライダー、スーパー戦隊といった特撮にも興味を持つようになったわけだ。
——実写の映画とは、どのように出会ったのですか?
映画への興味が強くなっていったのも10代前半だね。友達のお父さんが、ものすごい数の映画のビデオを持っていたんだ。特に、彼に借りて観たシドニー・ルメットの『プリンス・オブ・シティ』なんかは今でも大好きな作品だよ。それで、自転車で行けるビデオ店の会員になって、そこでも日本のものなら何でも借りたよ。やっぱり日本文化に興味があったからね。『七人の侍』『生きる』『羅生門』……。海賊版で見ていたアニメとは違って、これには字幕がついていたから、何が起こっているのかがわかったんだ。そうやって、興味がどんどん広がっていったというわけだ。
——北野武監督の映画も好きだとか?
ああ、間違いなく北野武はこの30年間で最も好きな映画監督だよ。自宅には『HANA-BI』のポスターを貼るくらいにね。ただ、知ったのは大人になってからで、97年か98年だったと思う。リンカーン・センターという劇場で、彼のレトロスペクティブが開催されたんだ。そのとき、『その男、凶暴につき』を観たのが、北野映画との出会いだったと思う。あまりにも素晴らしかったので、数日後にまた観に行ったほどだ。だから、彼の作品はほとんどスクリーンで観ていて、特に『HANA-BI』『キッズ・リターン』『Dolls』の3作には大いに泣かせてもらったよ。キャラクター設定が控えめなのが好きなんだ。しかも、そうしたキャラクターたちの織りなす繊細なドラマが、次の瞬間には暴力的になったり、笑いを巻き起こしたりする。私にとってはそれが魅力的なんだ。ただ、これは多くの日本映画の特徴と言えるかもしれない。三池崇史の『オーディション』も血の惨劇が始まる前は、小津安二郎の作品のようにとても静かで控えめだから。
しかし、と同時に北野は静かであることを恐れない。『その男、凶暴につき』では、シーンの最後で誰かがフレームからいなくなったとしても、中に余韻が残るように撮られている。そうした余韻を残すショットの積み重ねによって、見えている物語よりも大きな世界を観客に感じさせるんだ。まるで現実の世界のようにね。私が彼から学んだのは、すべてシーンを短くカットして直接的に物語を作るのではなく、少し長めに残しておくということだよ。そのことによって、物事に呼吸させることができるんだ。なにしろ彼は僕にとってのヒーローだから、これからもいろいろな作品を撮ってもらいたいね。
——北野監督の次回作は戦国時代を描いた時代劇だという噂です。それにしてもアニメ、漫画、映画と、本当に探究心が半端じゃないですね。
ああ、私は芸術に対して執拗なまでの探求者だよ。自宅には『HANA-BI』の他にも、レイ・ハリーハウゼンが特撮を務めた『シンバッド七回目の航海』、宮崎駿の『もののけ姫』、ヴェルナー・ヘルツォークの『フィツカラルド』、ジョン・カサヴェテスの『フェイシズ』なんかのポスターも貼っているんだ。興味があるものは実にさまざまで、非常に広い範囲に及んでいる。私は自分の情熱に従うだけで、それは子供の頃からずっと変わらない。本でも映画でも漫画やアニメでも音楽でも、作品を通してオリジナルの創造的な思考プロセスを示してくれるものが好きなんだ。そうしたアートと感情的につながりたいと思って、常に探し回ってきた。その点でオタクに近いと思う。
いずれにしても、そうやっていろいろなものを触れていくうちに、自分のやりたいことがどんどん決まっていったんだ。実際、興味のある芸術形態は、だいたい自分でも作ってきた。映画も小説もグラフィック・ノベルも作ってきたし、物語のジャンルも多岐にわたる。ひとつのジャンルに固執しないことは、アーティストとしての自分を保つためには重要だ。もし「ホラーで有名になりたい」という気持ちがあったら、ホラーのアイデアを出し続けなければならない。いっぽう、その時々に興味を持ったジャンルへと移動すれば、常に新鮮さを保てると思うんだ。
——聞きそびれていましたが、あなたは音楽のアルバムもたくさん出していますよね。
うん、ソウルとヘヴィメタが好きで、自分でバンドを組んでそれらのアルバムを作ったこともある(下のYouTubeはザラーがいくつか組んでいるメタルバンドのひとつ、Charnel Valleyの楽曲)。あと、今計画しているプロジェクトでは、ノイズ音楽も作ろうと思っている。日本はノイズシーンも力強いアーティストがたくさんいるよね。私はMertzbowやK2が好きだ。
——ご自身の映画の中でも、自作のソウルを流していますが、ソウルとヘヴィメタを同時に好きという人はなかなかいないような気がします。それぞれどこが好きなんですか?
ソウルで言えば、私が最も好きな時代は1969年から1982年までのものだ。当時は、基本的に楽器の演奏法が決まっていて、私が作曲パートナーと一緒に作ったものも、それを踏襲して作られているんだ。特に私たちの作るソウルのほとんどは、瑞々しくてリッチな印象がある1976年のスタイルを取り入れている。
思うにソウルの魅力は、ボーカルのメロディが創造性を発揮するところ、そして演奏が真摯なところにある。私が高く評価しているアーティストとしては、ボビー・ウーマックやマーヴィン・ゲイ、あるいは幸運にも私が一緒に仕事をすることができたオージェイズなんかが挙げられるだろう。また、ウィリー・ハッチは、おそらく私が最も好きなソウルのシンガーソングライターだ。彼らは自分の感情を、豪華なオーケストレーションのポップソングに盛り込むためのクリエイティブな方法を考え出したんだ。
一方、ヘヴィメタはそれとはまったく違う。私は80年代からヘヴィメタに傾倒してきたんだが、この音楽の核となる要素はリフだ。より正確に言えば、リフを単にシンガーの背後で鳴っている音に留めず、歌と同じくらい重要なものとして扱っているということだ。そうしたリフの上に、音楽そのもののダークな雰囲気や方向性といったエモーショナルな要素があるところが、私がヘヴィメタを好む理由なんだ。
——その後、あなたはNY大学映画学科へと進学します。あらゆる芸術ジャンルに興味がある中で、いつ頃から映画監督を目指そうと思ったんですか。
高校のとき、学内放送局のために友人たちと部活のコマーシャルを作ったんだ。それを作るために、私はあらゆる部活に入った。内容は、誰かが喉を切られたり、車に轢かれて頭が吹っ飛んだりして、「このクラブに入らないと、こんなことが起こりますよ」と訴えるというものだったよ。当時から、私は血なまぐさい表現が好きだったんだ。そんな経験もあって、高校を卒業する頃には、自分が最も追求したい表現は映画だと心に決めたんだ。
だから、NY大学に行ったんだ。全米で2、3本の指に入ると言われている映画学校で、入学すれば映画産業に参入するのに有利になると思ったから。学校では撮影を中心に、演出と脚本も勉強していた。脚本の授業は私を落胆させるばかりだったけど。そうこうするうちに、大学在学中に、撮影監督として他人の映画に携わるようになったんだ。卒業する頃には、撮影技術もだんだん上達してきたので、いつか監督をするかもしれないし、手描きアニメーションを作るかもしれないけど、とりあえずは撮影監督を仕事にすることにした。実は映画以上に音楽に興味があったんだけど、音楽で稼ぐことは無理だと判断したんだ。なんせ私はひどいドラマーだったから(笑)。
プロフィール
S・クレイグ・ザラー
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