カルチャー
a History of Horror Films ’60s(1/2)/文・福田安佐子
そぞろ歩くゾンビの夜明け。
2021年8月17日
映画の中のゾンビは、同時代のさまざまな社会問題の陰画として描かれてきた。その元祖が、ジョージ・A・ロメロ監督による1968年の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』だ。
1968年に公開されたジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(以下、NOTLD)は、現在まで続くゾンビ像の原型を作ったといわれています。『恐怖城 ホワイト・ゾンビ』(1932)など、それ以前にもゾンビを題材にした映画はありました。だけど、基本的にはハイチのブードゥー教の儀式で蘇った死者を描いていて、見かけは普通の人間。人間を襲うにしても、それは呪術のせい。腐敗した体を抱えて集団で行動し、人肉への欲望から人間を食い、食われた者もまたゾンビになるという造形は、ロメロが生み出したものなんです。ただ、『NOTLD』の時点でロメロ自身は自分が作ったモンスターを、ゾンビとは名付けてなかったんですよ。同時代のホラー漫画などでは墓から蘇る死者がゾンビと呼ばれていて、それと結びついて『NOTLD』のモンスターもゾンビと呼ばれるようになった。その後、ロメロ自身もそれを受け入れ、『ゾンビ』(1978)や『死霊のえじき』(1985)など、ゾンビと謳った作品を作っていくことになります。
『NOTLD』のゾンビが画期的だったのは、人間の形をしたものが、人間を襲ってくるところにあると思います。なぜならそれは、自分たちの暮らしを脅かす脅威が、人間社会の中にこそ潜んでいることを、観客に想像させるから。例えば、白人男性からすれば、自分たちが頂点に立つ社会の中で差別されてきた女性や黒人の反発にも見える。その一方で、自分たち自身が持つ恐ろしさも同時にあぶり出しています。本作ではやんちゃな男性たちが徒党を組み、ゾンビを撃退するのですが、そのやり口がかなりひどい。ゾンビの的当てゲームを始めたりする。隣人こそが一番怖い。それを明確に示したのが『NOTLD』だったのです。
ちなみに、脳みそを撃つと死ぬという、今ではゾンビ映画でお馴染みの設定も『NOTLD』で最初に描かれたといわれています。ただ、『恐怖城 ホワイト・ゾンビ』ではボスである呪術者を殺すとゾンビも動かなくなるという設定で、呪術者をゾンビの“頭”の象徴と見るなら、つながっていると言えなくもないと、個人的には思っているんですけど。あと、『NOTLD』が公開された’68年は、脳死判定に関して法的な整備が進みつつあった時代であるということも重要です。脳死患者から心臓を移植しても罪に問われないようにするための新たな基準が設定され、議論を巻き起こしていましたが、命とは脳と心臓のどちらに宿るのかが問われていた時代に、こうした設定ができたことは興味深いなと思います。
という感じで、『NOTLD』には社会問題について考えるための素材をいろいろ見いだせるわけですが、これについてもロメロにとっては想定外だったようです。主役に黒人俳優が選ばれたのも、オーディションに来た中で一番演技がうまかっただけだそうです。だけど、公開後に当時盛り上がりと限界を露呈しつつあった公民権運動を反映していると評価され、ロメロは社会批評としての映画の可能性に気づく。そして、それを意識的にやったのが『ゾンビ』(1978)でした。本作では主人公たちとゾンビの戦いがショッピングモールを舞台に描かれるのですが、そこには資本主義への批判が込められています。生前の欲望のままショッピングモールを訪れるゾンビを通して、買うものがあるわけでもないのにただぶらぶらする人間への批判がなされているのです。
それはゾンビを撃退した主人公たちが、お店に並んでいる宝石や毛皮のコートを身に着けたり、レジからお金を取って遊んだりするシーンからも伝わってきます。ゾンビがいるような状況で、高級品なんて役に立たないにもかかわらず、人間は欲望に振り回されてしまう。ゾンビも人間も変わらない。そんな皮肉が込められているのです。今でこそ珍しくない社会派ホラーを、ロメロはこの時点でやっていたのです。
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