カルチャー

スピルバーグ監督の半生を知れば、もっと映画を語れるようになる。

2021年11月22日

illustration: Kazutaka Tsugaoka
text: Keisuke Kagiwada
cooperation: Nozomi Hasegawa

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泳ぎが苦手なスピルバーグの作品では水の近くが鬼門になる。
といった具合に、監督たちの人生の物語は作品に反映されることが多い。

 1964年の夏。17歳のスピルバーグは、ある決意を胸にユニバーサル・スタジオ内を観光するバスツアーに参加する。行動を起こしたのは、トイレ休憩のタイミングだ。用を足した客がバスへ戻るのをよそに、そのまま売店の物陰で息を潜め続けること30分。すっかりバスが見えなくなると、彼はスタジオ内を自由に歩き回った。
 しかし、困ったことが起きる。迷子になってしまったのだ。声をかけてくれた映画ライブラリーの館長は事情を知ると面白がり、彼に3日間のパスを渡す。その日から毎日、パスの期限が切れてもなお日参し、さまざまな職員と知り合い、なんと自身も職員となる。そうこうするうちに、夢だった映画監督になるチャンスを掴むのだった。スピルバーグのこの話を知ると、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』で身分を偽りまくる詐欺師が彼自身に見えてくる。監督の半生を調べると、作品への影響が見えてもっと深読みできるかもしれない。

 スピルバーグの父アーノルドはエンジニアを生業としていた。『未知との遭遇』の主人公ロイと同じく電気技師をした後、コンピューターエンジニアへと転身を遂げており、そのため幼少期のスピルバーグは引っ越し続きの家庭だったそうだ。そのことについて彼は「行く先々の学校では友達ができなかった。例えば、やっと友達ができても、とつぜん引っ越しさせられてしまうのだ」と振り返っている。彼の作品の多くにおいて“移動”が重要な意味を持つことは触れたけど(映画ムックP84をチェック!)、『A.I.』から『ミュンヘン』に至るまで、それが時に不吉な色調を帯びているのは、引っ越しのつらい思い出が反映されているのかもしれない。よくよく思えば、そもそもデビュー作の『激突!』からして既に不吉な移動の物語ではないか。もちろん、『シンドラーのリスト』については、彼自身のルーツがユダヤにあるということも合わせて考える必要があるだろうけど。しかし、『インディ・ジョーンズ』シリーズを筆頭に、移動が痛快に描かれている作品があることも忘れてはいけない。もしかするとこれらは、引っ越しにまつわるネガティブなイメージを、映画を作ることでポジティブに塗り替えんとする試みなんじゃないか。

 幼少期のスピルバーグは運動神経が悪く、とりわけ泳ぐのが苦手だったという。だからなのか、彼の作品ではしばしば“水の近く”が鬼門となる。『プライベート・ライアン』の凄惨なノルマンディ上陸作戦シーンは言うに及ばず、『マイノリティ・リポート』の主人公の息子はプールで遊んでいるときに行方不明になるし、『E.T.』ではE.T.が川辺で倒れて瀕死の重体に陥る。水といえば、スピルバーグ作品に登場する船の命運にも注目しておきたい。『アミスタッド』のアフリカ人を奴隷として拉致するアミスタッド号、『宇宙戦争』の宇宙人に転覆させられるフェリーなど、いずれも悲惨極まりない(ちなみに、『宇宙戦争』でいうと、あの宇宙人たちもまた水が弱点だったっけ)。そして、なにしろ『JAWS/ジョーズ』がある。実際、スピルバーグは本作についてこう語っている。「サメのことはそれほど怖いと思わなかった。怖かったのは水だ。そして海中にいる、目に見えない何かの存在だった」と。

 2012年9月、当時65歳だったスピルバーグは自らに学習障害があり、読み書きが困難だったことを告白した。考えてみれば、彼の作品では言語によるコミュニケーションがうまくいかない場面がよく描かれる。『アミスタッド』や『ターミナル』なんてそれ自体をテーマにしたような作品だ。その一方で、言語学習の風景を感動的に描いているのも興味深い。主人公の妹がE.T.に英語を教える『E.T.』や、『カラーパープル』で主人公姉妹が果物などの名前を書いた紙を部屋に貼って文字を学ぶシーンなどだ。こうした何げないシーンもスピルバーグにとっては重要な意味を持っていたのかもしれない。

 スピルバーグ作品では、父親が家庭を顧みない男として描かれる。例えば、『未知との遭遇』の主人公は、UFOを見てから頭を離れない山のモチーフを、食事中も家族に構わず追い求めてしまう。こうした父親に対するネガティブな印象は、スピルバーグ自身の経験に由来していそうだ。実際、父は彼の幼少期から母親との喧嘩が絶えず、離婚後にスピルバーグとその妹を捨てて家を出たという。時に子供たちの世界にこそ関心を向けるのは、その反動なのかもしれない。『E.T.』の主人公はシングルマザーに育てられており、そればかりか本作には母親以外の大人の顔がほぼ映らない。『フック』は童心を忘れた大人のピーターパンが、それを思い出すべくネバーランドへ帰還する。という次第で、父親との不仲がしばしば作品のインスピレーション源になっていたのだが、のちに判明したところによれば実は離婚の原因は母の浮気にあったらしい。なんじゃそりゃ。

 スピルバーグには、宇宙人にまつわる都市伝説がたくさんある。例えば、『未知との遭遇』は、政府の依頼によって作られたもので、秘密裏に政府のUFO担当部署がスポンサーになっているという説。依頼内容は「もしUFOや宇宙人に遭遇してもパニックを起こさないよう、アメリカ国民を宇宙人に慣れさせるための作品を作りたまえ」というものだ。実際、『未知との遭遇』は初めて自分で脚本を書いた劇場公開作品である。これを裏付けるがごとく、製作当時の大統領ジミー・カーターに会ったという情報も。2人が会ったという公式な記録ではないものの、「ジミー・カーター・ライブラリー」には封書に入れられた一枚の写真のコピーが残されていて、そのコピーには大統領の筆跡で「スティーヴン・スピルバーグへ ジミー・カーターより」という一文が記されているらしい。その写真はカーター夫妻と面会している一人の男の後頭部が写っているのだが、これがスピルバーグなんじゃないかと。
 もうひとつ有名なのが、そもそもスピルバーグはアメリカ政府を介して、宇宙人に会ったことがあるという説。その際、彼は「僕らは怖くないってことを訴える作品を作ってくれ」と頼まれたため、『未知との遭遇』や『E.T.』には友好的な宇宙人が描かれているのだそう。ちなみに、コメディ映画『宇宙人ポール』に登場する宇宙人は、「スピルバーグに『E.T.』のアイデアを教えたのは俺だ」と言ったりするのだが、信じるか信じないかはあなた次第。