カルチャー
マジカルチャーバナナ。Vol.5
2021年11月2日
cover design: Ray Masaki
text: Keisuke Kagiwada
マジカルバナナ。それは「バナナ“と言ったら”滑る」「滑る“と言ったら”氷」という具合に、リズムに合わせて“と言ったら”で単語をつなげていく、クイズ番組『マジカル頭脳パワー!!』で人気を博した連想ゲームのこと。これは毎回旬のネタを皮切りに、いくつかのカルチャー的な話題を、“と言ったら”で縦横無尽につなげながら語っていく連載コラムである。
〈今回取り上げられる話題〉
オーシャン・ヴオン、小説『地上で僕らはつかの間きらめく』、映画『モンスーン』、映画『ベケット』、小説『ベケット氏の最期の時間』など。
ここ数年、毎号楽しみな雑誌と言ったら、オランダ発の『FANTASTIC MAN』である。その最新号の表紙を見て驚いた。なんと詩人オーシャン・ヴオンじゃないか。ちょうど9月に邦訳された彼の小説、『地上で僕らはつかの間きらめく』を読み終えたばかりだったのだ。
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ベトナム生まれのヴオンは、幼少期に家族と米国へ移住してきた。主人公リトルドッグが英語の読めない母に宛てた英語の手紙というスタイルで綴られる本作には、そんなヴオン自身の人生が色濃く反映されているらしい。ベトナム戦争の傷を抱える母や祖母のこと、差別される貧しい移民として向き合う英語のこと、ドラッグに手を染める青年との苦い初恋のこと……。アメリカ社会が抱える問題をも浮き彫りにする無数のエピソードが、雪原の表面で乱反射する細かい光のごとく儚い筆致で回想される。

作中、リトルドッグが共感を寄せる人物として、とある名前が唐突に召喚されて驚いた。なんとゴルファーのタイガー・ウッズだ。リトルドッグの母は、ベトナム戦争時にサイゴンのバーで知り合ったベトナム人の祖母と、アメリカ軍人の祖父との間に生まれたのだが、ウッズもまた、かの戦争に参加したアメリカ軍人と、バンコクのアメリカ陸軍事務局で働いていたタイ人秘書との間に生まれらしい。ウッズにそんなルーツがあるとは、不勉強ながらまったく知らなかったなぁ。
「移民として外国に渡ったベトナム人から見るベトナム戦争」というテーマは、来年1月に日本で公開されるイギリス映画『モンスーン』でも描かれている。主人公は、幼少期にベトナム戦争のゴタゴタを逃れ、家族とイギリスに渡ったボート難民であるキットだ。彼が両親の遺骨の埋葬先を探して30年ぶりに故郷の地を踏むという本作は、キットが同性愛者であるという点も含め、ヴオンの小説と響き合うところがびっくりするほど多い(小説のラスト近くでも、リトルドッグは祖母の遺骨を埋葬すべく母とベトナムを再訪する)。監督のホン・カウは、カンボジア系中国人の両親のもとに生まれた後、クメール・ルージュ政権下のカンボジアから逃れてベトナムに渡り、ベトナム再統一後にボート難民として渡英したというから、この映画もまた監督自身の実体験がベースになっているんだろう。
いまや経済的に発展したサイゴンにかつての面影はなく、途方に暮れながら埋葬先を探してさまようキットに、彼のデート相手でベトナム戦争に従軍した父を持つ黒人青年が、こんなことを語る。「サイゴンに暮らす若い連中は、あの戦争のことなんか忘れてしまっている」。キットやリトルドッグの母のように、移民として外国に渡った者のほうが、いまだベトナム戦争の記憶に囚われ続けているということだろうか。
そうそう、オーシャン・ヴオンと言ったら、ルカ・グァダニーノ監督が手がけた連続ドラマ『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』を忘れちゃいけない。イタリアの米軍基地に暮らすティーンエイジャーたちの瑞々しい青春を活写した本作には、性的アイデンティティに揺れる主人公フレイザーが、ヴオンの詩集『Night Sky with Exit Wounds』の一節を読み上げるシーンがある。詳しくはこの記事に譲るけれども(ヴオンの詩をいち早く紹介した詩誌「て、わたし」に敬意を表し、表記はオーシャン・ヴォングにしている)、どうやらルカ監督は詩が好きらしい。実際、『君の名前で僕を呼んで』でも、イタリアの女性詩人アントニア・ポッツィの詩がフィーチャーされていた。
ポッツィと言ったら、『Antonia.』というルカがプロデュースした彼女の伝記映画があって、監督は『君の名前で僕を呼んで』にも深く関与しているフェルディナンド・シト・フィロマリーノだ。Netflixで配信中のシトの新作『ベケット』も、ルカがプロデューサーを務めている。ちなみに、シトは実生活でもルカのパートナーらしく、Netflixで配信中のシトの新作『ベケット』も、ルカがプロデューサーを務めている。
『ベケット』は、主人公ベケットが旅先のギリシャで政治的陰謀に巻き込まれる、『北北西に進路を取れ』さながらのサスペンス・アクションだ。だけど、『北北西〜』のケーリー・グラント演じる主人公ロジャーが敵から「イケメンだね」「オシャレだね」と高評価を得まくるナイスガイなのに対し、『ベケット』のジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公ベケットは、無様と言うしかない。なんせ通りすがりのバイカーを引き留めてそのバイクを強引に借りるという“アクション映画あるある”をやろうとして、あえなく断られる始末なんだから。その辺のバランス感覚がへんてこで、なかなかどうして魅力的な作品だった。
ベケットと言ったら、濱口竜介監督作『ドライブ・マイカー』でも『ゴトーを待ちながら』の舞台シーンが描かれた、ノーベル文学賞受賞者のサミュエル・ベケットだろう。そんなベケットの最晩年を虚実ないまぜで描いた『ベケット氏の最期の時間』という小説が7月に刊行されたが、これもすこぶる面白い。

この小説はベケットの過去を水平方向で貫いた2つの“視線”にサンドイッチされるようにして展開する。ひとつは1章に姿を現す、ベケットの文学的師匠ジェイムズ・ジョイスの視線だ。左目の視力を失いつつあり、眼帯をしているジョイスのこちらを見ているのかすら定かじゃない視線にさらされながら、ベケットは彼の作品を口述筆記する。もうひとつは3章(最終章)の幕引きを飾る、ベケットが監督した映画『フィルム』の主演俳優バスター・キートンの視線。「わたしの目が吸い付いてしまったキートンの目は、まるでスポンジのように、すべてのものを吸い寄せていた」と語られる彼の視線に対し、ベケットは愛憎入り乱れる思いを抱く。じゃあ、2章はどうなんだと疑問に思うかもしれないが、そこにお目見えするは、垂直方向に屹立する超巨大な存在である。驚くなかれ、レスラーのアンドレ・ザ・ジャイアントだ! 一時期、アンドレがベケットのご近所さんだったというのは史実に基づくらしいが、その唐突な出現ぶりには爆笑せざるをえない。
タイガー・ウッズが登場する『地球の上で僕らはつかの間きらめく』しかり、近頃、実在のアスリートの登場が異化効果をもたらす作品をよく目にする。7月にシーズン2が公開されたインド系アメリカ人少女の日常を描く学園ドラマ『私の“初めて”日記』なんて、なぜかプロテニスプレーヤーのジョン・マッケンローが軽快なナレーターを務めている。“芸術の秋”&“スポーツの秋”をいっぺんに満喫すべく、この辺の作品に触れてみるのはいかがだろうか。
プロフィール
鍵和田啓介
かぎわだ・けいすけ|1988年、東京都生まれ。ライター。大学在学中、映画批評家の樋口泰人氏にリクルートされて執筆活動を開始。『POPEYE』『BRUTUS』他で、主にポップカルチャーについて執筆。
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