カルチャー
マジカルチャーバナナ Vol.1
マジカルバナナ方式でカルチャーについて縦横無尽に語ってみた。
2021年6月11日
cover design: Ray Masaki
text: Keisuke Kagiwada
マジカルバナナ。それは「バナナ“と言ったら”滑る」「滑る“と言ったら”氷」という具合に、リズムに合わせて“と言ったら”で単語をつなげていく、クイズ番組『マジカル頭脳パワー!!』で人気を博した連想ゲームのこと。このコラムは毎回いくつかのカルチャー的な話題を、“と言ったら”で縦横無尽につなげながら語っていく連載コラムである。
その昔、伝説の編集者と呼ばれた男がいた。「MADE in U.S.A catalog 1975」を作り、その後、初期「ポパイ」でも大いに活躍された“テラさん”こと寺﨑央さんである。
2008年に69歳で亡くなられたテラさんが、晩年のライフワークにしていたのが、「アルツハイマン年代記」と名付けられた「ソトコト」の連載エッセイだ。軽妙洒脱な語り口で、関連するようなしないような話題をDJのごとくどんどんつなげていくそのスタイルは、「テラノ式尻取り」と呼ばれた。例えば、夏にひまわりを見たという話から始まり、ゴッホのひまわりの話から、ヴィットリオ・デ・シーカの映画『ひまわり』の話へ……といった具合である。そのスタイルを『ポパイ』の大後輩である僕なりに、「尻取り」ではなく「マジカルバナナ」として実践するのがこの連載だ。レッツ・スタート。
さて、春である。もう初夏だろとツッコミが入りそうだが、なんとなく初回っぽいイメージがあるから春でいかせてもらいたい。で、春と言ったら、パン祭りである。「山崎製パン」の該当商品を買ってシールを集めると、白いお皿に交換できるという例のアレだ。昔は母がよく参加していて、僕も高校の購買部で買ったパンのシールをあげたりしていたなぁ、なんてことを思い出す。
当時、僕がよく買っていたのはロシアパンだ。やや大きめなコッペパンに、マーガリンと砂糖がべっとりとコーティングされた罪深きカロリーのシロモノである。「山崎製パン」のホームページによると、1948年頃には既にロシアパンという名の商品がリリースされていたそうだ。さらに遡ること1921年には、カレーでお馴染みの「新宿中村屋」がロシアパンを販売開始している。「山崎製パン」の創業者飯島藤十郎は若い頃に「新宿中村屋」で修行を積んでいたというから、それが元ネタなのかもしれない。
なんで「新宿中村屋」はロシアパンなんてものを作り始めたのかと言えば、ギリシア系ロシア人のキルピデスを職人として雇っていたことが関係している。キルピデスは1917年に起こったロシア革命のゴタゴタを逃れて、日本に渡ってきた。そんな彼が「新宿中村屋」に就職して、祖国のクラシックなパンにオマージュを捧げたのが、ロシアパンというわけだ。
同時代の「新宿中村屋」では、英国の植民地下にあったインドで独立運動に身を投じる中で、英国政府から睨まれ日本に亡命してきたインド人のラス・ビハリ・ボースを匿っていた。ボースの提案によって誕生したのが、言わずもがなの「中村屋純印度式カリー」だ。明治後期から昭和初期にかけて、芸術家たちの集うサロンとしての顔も持っていた「新宿中村屋」のカルチャー的なバイブスの高さは、こんなところにも見て取れるわけだが、それはともかく、日本にロシアパンを広めたのが、ロシア革命から逃れてきた人物だったというのは実に興味深い。
なぜなら、ロシア革命の発端のひとつは、民衆がパンすらまともに食えないほど困窮していたことにあり、合言葉は、「Bread for All(すべての民衆にパンを!)」だったからだ。アナキズムを初めて本格的に理論化し、この革命に多大なる影響を与えたピョートル・クロポトキンは、『麺麭の略取』(麺麭はパンと読む)なんていうそのものズバリなタイトルの本を1892年に出版していて、幸徳秋水によって日本語訳された同書をひもとくと、こんな言葉にぶち当たる。「麺麭よ、革命が要する所の者は実に麺麭である!」。
クロポトキンと同時代人であるロシアの小説家フョードル・ドストエフスキーは、1875年に発表した『未成年』といういわゆるひとつの自分探し物語の中に、「石をパンに変えることーーこれが偉大なる思想だよ」と書いている。『新約聖書』の挿話にインスパイアされた言葉と言われているが、石を投げることによってパンを得ようとする革命の思想と、一脈通じるところがあるなぁ、と思うのは深読みが過ぎるだろうか。
考えてみれば、フランス革命からアラブの春まで、どれもこれもパンの高騰が遠因と言えそうだし、どうやらパンと言ったら革命だ、と言っても過言じゃないくらい、両者は奇妙な縁で結ばれているらしい。その線で見るなら、チャールズ・チャップリンの映画『チャップリンとパン屋』で、ストライキを起こすのがパン屋だったことも偶然じゃない気がしてくる。
ところで、『麺麭の略取』と言ったら、ブレッドチューバーに触れないわけにはいかないだろう。ひたすらパンをこねこねしている料理チューバーとかではもちろんない。2010年代後半頃からアメリカを中心に頭角を現し始めた、左翼的な考え方を発信するユーチューバーの総称なのだが、実はこの名前、『麺麭の略取』の英語タイトル“The Conquest of Bread”から取られている。配信の目的はただひとつ、1人でも多くのオルタナ右翼を改心させることだ。
オルタナ右翼をひと言で説明するのは難しいが、まぁ、反フェミニズム、反ダイバーシティ、反ポリティカル・コレクトネス的な思想の持ち主と考えてもらえばいいかと思う。この手の人たちが主戦場としているのがYouTubeを含むネット上だ。おおっぴらに喧伝している人も多いが、厄介なのは、ごく普通に見えるゲーム実況チャンネルの配信者が、節々にオルタナ右翼的な発言を交えている場合(世界1のチャンネル登録数を誇るピューディパイも、ときどき「それ、どうなの?」って発言をすることで知られている)。後者にまんまと毒されて自身もオルタナ右翼化することを、英語では「パイプライン」や「ラビット・ホール」にハマると表現したりするのだが、そういう白人男性は後を絶たない。ってことで立ち上がったのが、ブレッドチューバーというわけだ。
ブレッドチューバーの興味深いところと言ったら、発信戦術の巧みさだ。まず、オルタナ右翼たちの使うキーワードを用いた動画や、オルタナ右翼のチャンネルへのレスポンス動画をドロップする。すると、当然のようにオルタナ右翼フォロワーの「おすすめ」にも浮かび上がってくる。それでまかり間違って見てもらえたら儲けもん。蓋を開ければ、そうした考え方がいかに危ういかを訴える動画なんだから。そんなハッキング的なスタイルによって、オルタナ右翼に考えを改めてもらうことを、ブレッドチューバーは目指している。2019 年の『ニューヨーク・タイムズ』には、オルタナ右翼ユーチューバーに「洗脳された」と告白する白人男性が、ブレッドチューバーの動画を見たことで改心したという話が掲載されいたから、効果はてきめんらしい。まさに革命的。
『ニューヨーク・タイムズ』の記事の白人が見たというのが、ContraPointsというチャンネルだ。元哲学教師のトランスジェンダー女性ナタリー・ウィンが運営し、チャンネル登録数は現在132万人! 「インセル」とか「トランスジェンダー」といった現代社会をとりまくテーマを毎回ひとつ掲げ、それについての解説が加えられるのだが、ただ画面に向かって滔々と思想を披瀝するようなものと思ったら大間違い。まるでマイク・ケリーのビデオ作品『DAY IS DONE』を彷彿とさせるドラァギィな世界観のドラマ仕立てで進むから、まったく飽きないのだ。なるほど、だからこそのこの登録数なのか。日本のYouTubeは飽和状態みたいなことが言われているけど、まだこういうのは見かけたことがない。もしこれから目指すなら、ブレッドチューバーがお薦めである。
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