カルチャー
マジカルチャーバナナ Vol.4
2021年8月31日
cover design: Ray Masaki
text: Keisuke Kagiwada
マジカルバナナ。それは「バナナ”と言ったら”滑る」「滑る”と言ったら”氷」という具合に、リズムに合わせて”と言ったら”で単語をつなげていく、クイズ番組『マジカル頭脳パワー!!』で人気を博した連想ゲームのこと。これは毎回旬のネタを皮切りに、いくつかのカルチャー的な話題を、”と言ったら”で縦横無尽につなげながら語っていく連載コラムである。
〈今回取り上げられる話題〉
ポパイのホラー特集、スティーヴン・キング、『やりすぎ都市伝説』、陰謀論、ジョルジョ・アガンベンなど。
やー、夏ですね。夏と言ったら、ホラーでしょ。てなわけで作った『POPEYE』の特集「真夏のホラー大冒険」はもう読んでくれたかな? 自分がまるごと担当した企画「キーワードで巡る20世紀ホラーの映画史」は、ホラー映画入門の決定版になったんじゃないかと自負しているので、ぜひもんで読んでほしいところ。あと、担当じゃないところでは、「スティーヴン・キングについて知りたい30のこと」っていうのが気になった。そろそろ自分もキングをがっつり読みたいな、と。
キングと言ったら思い出すのが、かつて『やりすぎ都市伝説』で紹介されていたネタだ。ある日のこと、キングがレストランで食事をとっていたら、「サインくれ」としつこく迫ってくる男のファンがいたという。しょうがなくサインをすると、今度は「あの作品のここはなんでこうなっているんだ?」とウザ絡み。とりあえず、その場は丸く収まったが、「あんな奴に監禁されたら怖いなー」と妄想を膨らませて彼が書いたのが、ベストセラー小説家が狂信的なファンに監禁されて「なぜあのキャラを殺したんだ?」などと詰められる『ミザリー』だ。
しばらくして、キングはテレビの中に見覚えがある顔を発見する。そう、間違いなくあのときウザ絡みしてきたファンだ。なぜその男がテレビに出ているのか? それは彼こそジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンだったから。しかも、彼はレノンがサインをくれなかったことに腹を立てて殺したというではないか。もし、キングがサインを断っていたら……『ミザリー』より怖いことが起こっていたかもしれない。「信じるか信じないかはあなた次第です」。っていうのが、このネタのあらましだ。
怖い話があるもんだなぁ……と番組を見た当時は感心しただけだったものの、今回気になって英語でググってみると、そんな話はまったくヒットしなかった。なーんだ。そもそもレノンが殺されたのは1980年で、小説『ミザリー』が発表されたのは1987年。その順序を変えて語っちゃっている時点でまぁまぁ適当なネタだと気づくべきだったかもしれない。いずれにしても、これは「信じない」ほうがよさそうだ。
ところで、キングとレノン射殺にまつわる都市伝説、というか陰謀論と言ったら、もっとメジャーなやつがアメリカには存在する。キングこそがレノンを撃ち殺した真犯人だ、というのがそれ。まぁ、ひとりの男がそう信じて疑わなかったという話なんだけど。男の名前はスティーブ・ライトフット。彼によると、レノン射殺より以前の『タイム』『ニューズウィーク』『U.S. News & World Report』にはさまざまな暗号が隠されていて、それを解読するとニクソンとレーガンがレノン射殺へと仕向けたという話が浮かび上がってくるらしい。
というわけで、ライトフットは“STEPHEN KING SHOT JOHN LENNON” と掲げたバンに乗り、彼にとっての真実を世間に知らしめるキャンペーン活動を展開していたそう。ちなみに、その真実が詳細に書かれたウェブサイトもあるが、2017年からは更新されてないらしく、現在ライトフットが何をしているのかは不明。改めて強調しておくが、もちろんこれは事実無根の陰謀論だ。
この件について、キングがどう反応したのかは知らない。ひとつだけ言えるのは、ホラーと陰謀論的想像力は相性が抜群にいいってこと。実際、キングが愛するホラー作品を通じて、とってもためになるホラー論を披露したエッセイ集『死の舞踏 恐怖についての10章』の終章には、大略こんなことが書かれている。
1944年にコネチカット州ハートフォードのサーカス公演において、1677名が亡くなる火災事故が起きた。その中に、ひとりだけ身元不明の少女の死体があったのだが、奇跡的に無傷だった顔を写真に撮って全国にばらまいても、身元の知る人はひとりとして現れなかった。
キングはこの実在したらしい事件を例にとり、普通の人なら「へえ、そんなこともあるんだな」で片付けてしまうが、「夢想家は子供のようにその謎で遊びはじめ、別の次元から紛れ込んだんだろうか、それともドッペルゲンガーか、いや、もしかすると……とあれこれ思いめぐらす」と綴り、後者を称揚。その上で、ホラー小説家をはじめとする物語作家の仕事とは、子供の頃であれば誰しも持っていただろうそんな想像力でもって世界と向き合う“第三の目”を呼び覚ますことだ、と高らかに宣言する。キングの読者であったかは定かじゃないが、ライトフットもまさに“第三の目”を開眼させちゃった張本人であるには違いない。
ライトフットの件は、「この手の困った人って世の中に一定数いるよね。関わらないようにしよう」と無視すれば済むかもしれない(まぁ、キングにとってはハタ迷惑だろうが)。しかし最近、こうした陰謀論的想像力が無視できない事態を招いているのもまた事実。例えば、“Qアノン”なる人物によってネットの匿名掲示板に投稿された暗号じみたメッセージを、幼児を誘拐して食べる民主党政治家集団“ディープステート”がアメリカを牛耳っていることを示していると解釈し、さらには彼らがトランプ失脚を目論んでいると信じて米連邦議会を襲撃した事件は記憶に新しい(Qアノンについては、U-NEXTで配信中のドキュメンタリーシリーズ『Qアノンの正体 / Q: INTO THE STORM』に詳しい)。
キングは2020年アメリカ合衆国大統領選挙に際し「ワシントン・ポスト」に寄稿したエッセイの中で、「Qアノンとかディープステートとかそれに類する陰謀論が魅力的なのはわかるけど、投票は論理的思考でもってしよう」としごく大人の対応でバイデン支持を表明していたが、あれほど子供の想像力を擁護していた彼が、こんな役回りをしなきゃいけないなんて! まるで現実がデキの悪いホラーを真似しているかのよう。しかも、社会を脅かすレベルで。
イタリアを代表する哲学者のジョルジョ・アガンベンは、「ギー・ドゥボールの映画」という文章の中で、人間と動物の違いを以下のように分けていた。いわく、人間も動物も虚像に関心を示す。しかし、動物が関心を示すのは、騙されているときだけだ。例えば、魚が餌の虚像であるルアーに引っかかるシチュエーションなんかを想像してもらえばいい。だから、動物はそれが虚像だと判明するやいなや興味を失う。一方、人間はそれが虚像であると知っていてもなお関心を示し続ける。「人間は絵画に関心を示し、映画を見に行くのはそのためである」と。
この「虚像」の部分に「フィクション」を代入しても、事情は変わらないだろう。陰謀論を信じてしまう人たちは、フィクションをフィクションとして、「信じるか信じないかはあなた次第」というキワキワのリアリティを楽しめる人間ならではの能力を失ってしまった”動物”なのだろうか。いやはや困難な時代だなぁ。しかし、こんな時代だからこそ、『POPEYE』の「真夏のホラー大冒険」特集を熟読し、ホラーを正しく楽しむ力も養ってもらえることを作り手として願わずに入られません! 以上、長い長い宣伝でした。ではまた来月!
プロフィール
鍵和田啓介
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