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【#3】漂着物はどこからやって来る?

執筆: Shige Beachcomber

2021年10月22日

photo & text: Shige Beachcomber
edit: Yukako Kazuno

 ♪名も知らぬ 遠き島より流れ寄る椰子の実一つ ♪ 故郷の岸を離れて…で始まる「椰子の実」の歌詞は島崎藤村が作りました。けれども、それは藤村の実体験ではなく、大学生だった頃の民俗学者・柳田國男が、渥美半島の先端にある伊良湖岬で漂着したココヤシと出会った話に、インスパイアされたものでした。まわりを海に囲まれた島国の日本では、浜辺に寄ってきた漂着物の中には、遠くからやって来たものがあることが、古くから知られていたのです。

伊良湖岬に打ち上げられたココヤシ、バックは三重県の神島

 日本近海には南からやってくる黒潮、対馬海流、北からやってくる親潮、リマン海流があります。最も大きな流れは黒潮で、九州の南方で左右に分かれ、その一方が対馬海流となります。黒潮は黒瀬川とも呼ばれ、ビーチコーミングを楽しむ私たちには、さまざまなモノを上流の南方域から運んでくれる巨大なベルトコンベアーなのです。そんな流れに乗ってやってきたココヤシは古代人も利用していました。縄文時代の遺跡からは硬い内果皮を器として使ったものが見つかっていますし、江戸時代の「和漢三才図会」ではヤシとして詳しく記されています。ポリネシアから熱帯アジアがココヤシの原産地と言われています。ココヤシの果実は食用、日用品などに利用価値の高い果実なので、現在では熱帯地方の各地で栽培されています。熱帯地方から長旅をを続けて岸辺に届くロマンあふれる漂着物です。

ココヤシの内果皮を利用した器

 日本に漂着するココヤシは、フィリピンなどのアジアの熱帯地域からやって来ます。栽培されているココヤシだけではなく、マングローブ地域の熱帯植物は水散布と言って、水に浮かんで分布域を広げる植物があります。聞きなれない名前でしょうが、ホウガンヒルギ、モモタマナ、サキシマスオウノキ、アダン、モダマ、ヒルギといったアジアの熱帯植物の果実や種子は、2000㎞以上もの海路を海流に乗って旅をして、本州や北海道にもやってきます。

南方から渥美半島に届いた漂着果実や海豆

 そんな水散布する植物の中には、中米から海流に乗って長旅をする小さな種子もあります。マリアマメと呼ばれるヒルガオ科の植物は、メキシコ南部からコスタリカあたりの大平洋側にも分布しています。その種子は直径2.5㎝ほどで、ヘソは楕円形に凹み、その反対側は十文字の浅い凹みがあります。種子は大西洋側にも流れ込んでおり、メキシコ湾流に乗って北上しヨーロッパにも届きました。それを拾い上げたキリスト教徒は、十字架が刻まれた豆ということで、Mary’s Bean・マリア様の豆として珍重していました。スコットランド西側のヘブリディーズ諸島では、これを握ってお産をすると安産になるという言い伝えもあり、マリアマメは母から娘へと受け継がれていったこともあるそうです。そんなマリアマメは、大平洋を横断しフィリピンや沖縄の南西諸島に漂着した記録もあるので、もう少し旅を続け北上してくれたら本州で出会えるのではないかと、微かな期待を抱いていました。

マリアマメ、長円形のヘソが特徴的

 10年ほど前には沖縄県の石垣島で、直径1㎝ほどのオキシリンクスと言う中米産の植物の種を見つけて、その長旅に感動したことがありました。そして2019年9月21日、強い東風が吹いた後の渥美半島田原市の太平洋側で、ついに出会いがやってきました。満潮時に軽いモノが吹き寄せられ、木片や浮きなどが連続していた高潮線に目を凝らし歩いていけば、凹んだ楕円形のヘソの黒い豆❕こりゃ、マリアマメだよ。慌てて手を伸ばしたくなる気を静め、漂着発見時の写真を撮りました。そして拾い上げ確認したのは、反対側の十字架。「あったよ十字架❕❕」

マリアマメ、ヘソの反対側には十字架の凹みがある

 それは間違いなく、中米から届いたマリアマメでした。湧き出す感動の中、脳裏に浮かんだのは、長旅の様子でした。中米の熱帯雨林高木に蔦を這わせ、実ったマリアマメは熟して鞘から外れて落下し、川から太平洋に注ぎ込みました。太平洋岸から北赤道海流に乗って西へ、西へ。やっと太平洋を横断してフィリピン近海で北上し黒潮に乗り北上し、台湾、琉球列島、九州、四国を横目に見て東へ。和歌山沖の大きく蛇行した黒潮からちょいと外れ、折からの東からの流れで渥美半島に上陸したのでしょう。このルートならおよそ20000㎞ほどの航海で日本に到着します。この旅の日数は見当もつきませんが、日本での入国手続きは漂着物学会に報告しておきました。長旅、おつかれさまでした。

プロフィール

Shige Beachcomber

シゲ ・ビーチコーマー。幼少時より海や自然と親しみ、拾い物に目ざめる。1990年より福井県恐竜発掘調査に参加、その後富山県でも恐竜発掘調査に参加、現在に至る。学生時代にAmos Woodさんの著したBeachcombing for Japanese Glass Floats を知り、アメリカ人が日本の浮き玉に興味を持っているのを見て驚く。初代漂着物学会会長である故・石井忠先生の著作を通して、漂着物に関心が湧き、その後、石井先生を師匠と仰ぎ、日本海側と太平洋側でビーチコーミングを続けながら、布教活動も行っている。漂着物学会員、福井県海浜自然センタービーチコーミング講座講師。

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