カルチャー
あらためて遊歩大全 #10 / バックパッキング入門編
2021年10月9日
photo: Hiromichi Uchida
illustration: Hisashi Okawa, Naoki Shoji
edit: Kyosuke Nitta
ムック本『僕たちはこんな本を読んできた』好評発売中!
日米の達人タッグが“山で真剣に遊ぶ方法”を伝えた’80年代。
技術進化による軽量化によって、“自然回帰”が再定義された現在。
3冊の本から流れを掴めば、コンプリートウォーカーへの第一歩だ。
より自由な冒険をナビゲート。
アウトドア雑誌のライターだった田渕義雄さんは、’77年に西海岸へ渡り、ある人物との衝撃的な出会いから書籍の執筆を本格化した。名はシェリダン・アンダーソン。森の中を放浪しながら暮らし、資金源を確保するためにコミック誌で漫画を描いていたバックパッカーである。もともと幼少期から日本のあらゆる山々を渡り歩き、古い感覚の登山よりも悠々自適にクライミングや昆虫採集を楽しんでいた田渕さんにとって、物質社会から離れたシェリダンの自由気ままな野外生活はシンパシーを強く感じるものだった。共通の趣味であるフライフィッシングを通じて意気投合した2人は、’82年に共著で『バックパッキング教書』を出版。前半部分はシェリダンによる軽快なタッチの漫画。根本的なパッキング術などに関してはコリンと極端には変わらないが、チェックリストにはトランプやハーモニカが入っているし、自作の地図には“ありきたりな場所ではなくインカの財宝や失われた文明が眠っている場所を書き込め”と言っているし、どのページもアドベンチャー要素が満載で、探検する喜びを味わおうという前向きなメッセージが伝わってくる。
加えて、後半の田渕さんによる脚注も、日本の登山と米発祥のバックパッキングを知り尽くしているからこそ、寝袋の水洗い方法や、山で使えそうなもの(例えば機内食用プラスチックカップ)を気軽に取り入れるという発想には、なるほど! と膝を打つ部分が多く、ヒッピーの思想や豊富な用具に煩わしさを感じていたビギナーの心を一気に引き寄せた。
Basic Equipment
ゴアテックス®を内蔵したブーツやマウンテンパーカを着るも、保温力はウール製に分があるとして、防寒小物にはウールを多用。そういう柔軟なスタンスが’80sのスタイル。バックパックも剥き出しになっていたアルミフレームがなくなり、耐候性の高いテントや1.9㎏の軽量寝袋に一新。でも、愛着のある「スベア123」は古くさいと言われようが使い続けた。なだらかな平地では〈ナイキ〉のバスケットシューズに履き替え、軽量な宇宙食が山でも人気を博した。
Bergschrund
Bergschrund
Svea 123
Nimbus
Blazer Low
Space Food
著者・田渕義雄さんに聞く、制作のきっかけ、ウラ話、伝えたかったこと。
「シェリダンとの出会いは,75年。雑誌『ビーパル』の創刊に先立って西海岸に取材でちょくちょく訪れていて、街の釣り具屋で偶然彼のフライフィッシング本『The Curtis Creek Manifest』を見つけたんですよ。当時渓流釣りにハマっていた自分としては興奮しっぱなしで、すぐこの本を日本に紹介したいと思いましたね。先に翻訳版を作っちゃってから万全を期して直談判しに行ったんですが、南オレゴンの片田舎の山小屋から出てきたのは陽気な大男。彼は都心から離れた山里を拠点に反骨精神を持って野外活動をしていて、すごく自分とシンクロしたんです。返事はOK。そこから2人で悪巧みをするように共著で『フライフィッシング教書』(,79)を一気に書き進めました。少し遅れて,82年に発行した『バックパッキング教書』は、アウトドアで過ごしてきた日々の思い出なんですよ。国鉄の周遊券を駆使して中部山岳や八ヶ岳を巡った高校生時代。山道を歩きながら草紅葉の美しさに涙した青春期。日本中が熱狂した東京オリンピックそっちのけで昆虫採集や岩壁登攀に明け暮れていた大学時代。誰もやっていないことを求めてクロアチアの秘境で釣りをした20代後半の新婚旅行。まだ日本に“キャンプ”という言葉がない時代に、オレゴン州からコロラド州にかけて3か月間キャンピングカーの旅をしたことなど。その一つ一つから培ってきた知恵と技術を詰め込み、加えて、大事にしている思想も忍ばせました。“人生は勝ち負けじゃない。それでも勝敗にこだわるなら、ガールフレンドと二人でバックパッキングの山旅に出た者が勝ち”という。この思いは今も大事にしています」
プロフィール
田渕義雄
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