カルチャー
松尾スズキさんの『人生の謎について』。
2021年9月27日
text: Keisuke Kagiwada
![松尾スズキ
『人生の謎について』。](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2021/09/c284bf15a769c87315a2977920d9677f.jpg)
劇団「大人計画」を主宰する松尾スズキさんの新しいエッセイ集『人生の謎について』がこのたび発売された。読みながら、何かに似ているなぁと思っていたのだが、読了した今ならわかる。これ、「ポパイ」の連載「シティボーイの憂鬱」のアダルト版じゃね? なんせ、そろそろ還暦になろうかという松尾さんの胸に、それだけの時間をこしてきてもなお謎として去来する人生の不条理が、折々の憂鬱な実体験をとおして、ユーモラスに綴られているんだから。
とりわけ印象に残ったのは、家族にまつわる話だ。現在の松尾さんは、アルツハイマーで介護老人ホームに暮らす母を、東京から見舞いに通う日々だという。父は早くに亡くなり、兄も宗教団体にハマった挙げ句に亡くなり、姉とはほぼ絶縁状態なので、協力してくれる者は妻以外にない。そんな事情も手伝って、幼少期を過ごした実家を壊すことになったのは数年前のこと。今は駐車場になっているそうだ。憂鬱どころか壮絶……。しかし、この話はひたすらエモい故郷喪失譚として終わるかと見せかけて、びっくり仰天のオチがつく。あるとき、仕事仲間とその駐車場を訪れると、そこにはなんと「スズキ」の自動車が停まっていたというのだ! 松尾さんらしさ炸裂なオチだけれど、そんな悲喜こもごもな出来事にこそ、人は人生に謎を感じてしまうのだろうとも思う。
念のために断っておくと、「これを読めば人生の謎が解明できる!」といったタイプの本ではない。すべてのエッセイの文末を飾る「人生って、なんなんだ」という思いが強まるばかりだ。でも、それこそが重要なんじゃないかとも思うのは、フランス人小説家バルザックの『「絶対」の探求』という小説のことを思い出したから。科学者の主人公はこの世に「絶対の真理」というものがあるはずと信じ、それを探求することに人生を費やす。そのために妻子や知人も苦しめ、世捨て人のようになる。最後の最後、ボロボロになった主人公は「エウレカ!(わかった!)」と叫ぶのだが、その瞬間に命を落としてしまう。要するに、人生の謎なんてもんが解明できたら死んじゃいますよ、という話だ。生き延びるには、その手前でグズグズするしかないらしい。
本書には次のような描写がある。寝たきりの母の目や口は、松尾さんのことは認識できないけれど、食事にだけは反応する。そこに松尾さんは母の「生きたい!」という声にならない叫びを聞く。『「絶対」の探求』に思いを馳せながらその描写を読むと、「人生って、なんなんだ」という問いには、「生きたい!」という叫びが含まれているんじゃないかと思えてくる。実際、その問いは自身の創作意欲を掻き立てているに違いなく、結果として松尾さんに生きるエネルギーを与えているはずだし。そう、『人生の謎について』は、爆笑を誘うエッセイ集でありながら、生き延びることをも肯定する、世にも珍しい一冊なのだ。
著者プロフィール
松尾スズキ
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