カルチャー
マジカルチャーバナナ Vol.2
2021年6月30日
cover design: Ray Masaki
text: Keisuke Kagiwada
マジカルバナナ。それは「バナナ“と言ったら”滑る」「滑る“と言ったら”氷」という具合に、リズムに合わせて“と言ったら”で単語をつなげていく、クイズ番組『マジカル頭脳パワー!!』で人気を博した連想ゲームのこと。これは毎回旬のネタを皮切りに、いくつかのカルチャー的な話題を、“と言ったら”で縦横無尽につなげながら語っていく連載コラムである。
〈今回取り上げられる話題〉
ハリー・スタイルズ、リチャード・ブローティガンの「西瓜糖の日々」、「MIKIMOTO」の真珠、トマス・ピンチョンの「ブリーディング・エッジ」など。
そろそろ6月が終わる。2021年も既に半分が過ぎたなんてマジで光陰矢の如し。
6月の終わりと言ったら、ハリー・スタイルズの「Watermelon Sugar」を思い出す。だって「Baby, you’re the end of June」と歌っているんだもの。夏だね。「Watermelon Sugar」と言ったら、リチャード・ブローティガンが1968年に発表した小説「西瓜糖の日々(原題は“In Watermelon Sugar”)」なわけだが、ハリー自身も「タイニー・デスク・コンサート」に出演した際、同書の影響を告白している。いわく、「繰り返し歌うサビで何て言ったらいいか悩んでいたら、テーブルの上に『西瓜糖の日々』があって、『クールじゃね』ってなったんだ」と。
ゴシップ・メディアの報道によれば、ハリーにくだんの小説を教えたのは元カノのカミーユ・ロウらしい。が、本当のところは定かじゃない。定かなのは、ハリーの今カノが、去年日本でも公開された傑作「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」の監督を務めた、オリヴィア・ワイルドだってことだけ。さすが、ハリー。
ブローティガンと言ったら、ハリーを主演に据えて「グッチ」の2019年プレフォール メンズ テーラリング コレクションのキャンペーン動画を撮影した、ハーモニー・コリンを忘れるなかれ。現在公開中のコリンの最新作「ビーチ・バム まじめに不真面目」で、ブローティガンの詩がここぞとばかりにフューチャーされている。詳細は少し前に掲載されたハーモニーへのインタビューに譲るが(コレね!)、このシンクロはいかばかりか。ブローティガン、もしや流行ってる?
『西瓜糖の日々』がお伽噺のようなタッチで描くのは、あらゆるものが西瓜糖で作られたアイデス(iDeath)というコミューンと、その周辺に暮らす人々の退屈だけど平和な生活。かつては人語をしゃべる虎に脅かされていたこともあったが、今はそういった脅威もほとんどない。コミューンの外には、〈忘れられた世界〉という物質で溢れた場所があるらしく、アイデスの暮らしに飽き足らない連中が足繁く通って〈忘れられたもの〉を持ち帰ってくる。アイデスの暮らしに充足している人と〈忘れられた世界〉に魅せられる人は対立していて、それが原因でいくつかの悲劇が起こる。
虎は競争社会、〈忘れられた世界〉は資本主義のメタファーであるとよく言われる。アイデス(iDeath)は文字通り「私の死」を意味し、競争社会や資本主義と決別して、ある意味で個性を欠いた人々が静かに暮らしているから、さしずめ共産主義社会といったところか。それはさておき、ブローティガンの小説って悲しいのになんか笑えるんだだよなぁ。蛭子能収さんがよく言う「お葬式に行くとみんな真面目な顔しているから笑っちゃう」状態。そんな具合なので、ハリーの「Watermelon Sugar」がひらすらアッパーなのは興味深い。たぶん読んでないんだろう。
ところで、オシャレ番長としても知られるハリー・スタイルズが、最近流行らせたことのひとつに、“男子が真珠のネックレスをつける”ってのがある。真珠と言ったら、「コム・デ・ギャルソン」とのコラボでも話題の「MIKIMOTO」だろう。その創業者である御木本幸吉が、びっくり仰天するしかない仕方で登場する小説が存在する。ノーベル文学賞候補常連の覆面作家トマス・ピンチョンが2006年に発表した、凶器レベルの分厚さを誇る「逆光」だ(上下巻合計1700ページ!)。
舞台は19世紀末。飛行船〈不都号〉で世界中を冒険する一団と、爆弾魔のアナーキストの父を持つ家族が主軸ではあるが、そこはピンチョン、荒唐無稽な挿話と百科全書的な小ネタがてんこ盛り。シカゴ万博から第1次世界大戦までの史的底流がまるっと真空パックされていて、読後の知的胸焼けレベルは、手違いで「ジャポネ」の横綱を続けて3皿平らげてしまったかのごとし。
さて、肝心の御木本幸吉の名前は、飛行船の乗組員たちが東ジャワのスラバヤで、「特別な日本の牡蠣(スペシャル・ジャパニーズ・オイスター)」を購入したときに触れられる。なんでも御木本博士が真珠の養殖に成功したのと同じ頃、日本では新しい光学的通信手段が開発されたという。詳しい理屈は実際に読んでもらうとして、要するに、ある特殊な方法で真珠にメッセージを埋め込み、光を当てて浮かび上がらせるというものらしい。この技術が御木本の真珠養殖法とマッチングし、「こうして、世界中にある普通の市場のすべての牡蠣が一気に秘密情報の潜在的な担い手となった」と。現実に立脚しながらトンデモなホラ話を精錬する、ピンチョンの真骨頂的な名場面だ。
ピンチョンと言えば、2013年に発表した『ブリーディング・エッジ』が、5月末にようやく日本語に訳された。めでたい。今度の舞台はトッドコムバブル崩壊後のNY。元公認不正検査士マキシーンが、謎めいたコンピュータ・セキュリティ会社とその経営者を調べるうちに、9・11同時多発テロを巡る陰謀をぶち当たる……という探偵小説的なストーリーが、当時のポップカルチャーへの言及満載でお届けされ、ピンチョン史上もっとも読みやすい。とあるパーティーで、ジェイ・Zの扮装したブリトニー・スピアーズが登場するも、実はブリトニーのそっくりさんだった、という本筋とはまったく関係ない描写には爆笑。なんじゃそりゃ。全編そんなグルーブ感である。
そう言えば、本作の佳境とも言える重要シーンでも「真珠」が登場した。と言っても、「真珠湾」なんだけど。同時多発テロが起こった直後、それについてマキシーンが知り合いと電話で話すとき、こんな会話が繰り広げられるのだ。
「ワシントンのくそナチども、クーデターの口実を探していたんだよ。これでシメシメだ。この国はもうおしまいだね。心配すべき相手は中東になんかいやしない。コワイのはブッシュとそのお仲間だよ」/ほんとうにそうなのか。「今の政権は自分たちが何をやっているのか、それすら分かってないように見えるけど。不意を衝かれたんだから、どっちかって言うと真珠湾に似てない?」/「そう思わせたがっているだけだよ。そもそも真珠湾がヤラセじゃないって、誰が言った?」
ピンチョンの陰謀論的想像力において、戦争の底流では絶えず日本が真珠のように怪しい輝きを放っているのかもしれない。
プロフィール
鍵和田啓介
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