TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】手の味

執筆:古家正亨

2026年1月16日

僕が一番好きな韓国料理がタクトリタン(現在はタクポックンタンと呼ばれることが多いです)。
いわゆる韓国風鶏肉じゃがですが、これがあればいくらでもご飯が食べれます。

突然ですが、韓国語の손맛(ソンマッ)という言葉を
ご存知でしょうか?
直訳すると、手味となるわけですが、
日本語的なニュアンスにすると
「手作りの味」とか「おふくろの味」という意味になります。
つまり、一口食べただけで、
自分の故郷や両親のことを思い出す
象徴的なシグニチャーメニューを表していて、
日本人にとっては
お味噌汁だったり、肉じゃがだったり、カレーだったり、
漬物だったりするわけですが、
韓国では
チゲ類やキムチ、
そして、食卓に並ぶ반찬(パンチャン)と呼ばれる
小皿に盛られたあらゆるおかずだったりするわけです。
でもなぜ、おふくろの味=手味 と
韓国語ではなるのでしょうか。

個人的に一番好きなパンチャン(おかず)である青唐辛子とじゃがいもと小魚の炒め物。
韓国では食堂で少しずつ出されるものですが、家では思う存分食べれます!

僕が韓国に留学していた1990年代後半は
韓国はまだIMF危機の最中で
景気低迷により
国全体の元気がなかった時。
それでも韓国の人々は
どんなに生活が厳しくても
食べることだけは何よりも大切にしていました。
韓国語の挨拶に
「밥 먹었어요?」という言葉があります。
直訳すると
「ご飯食べましたか?」
なんですが
これを相手の安寧を確認する意味で
実際は使います。
つまり
英語で言う
How are you?
に近いニュアンスです。
それだけ食べることが大切だと言うことです。

僕が韓国に留学していた際、
下宿でお世話になっていたんですが、
その下宿のオーナーでもある아줌마(おばさん)の好意で
年末に行うキムジャンを手伝ったことがあるんです。
このキムジャンは
世界文化遺産にも登録されている
冬に行うキムチ作りのこと。
一冬分のキムチを近所の人たちと一緒に
まとめて漬ける習慣であり文化なんですが、
僕は아줌마のお願いで
キムチに使うニンニクの皮剥きを担当しました。
一体いくつ使うんだと言うほどの
山のようなニンニクを
一欠片ずつ剥いでいく作業ですが、
これを아줌마たちは1つ1つ手作業で行っていくんですね。
僕は何も知らず、素手でその作業を4、5時間、手伝ったでしょうか。
すると・・・
夜になると、指に激痛が走り、どんどん皮が(指の方です)
剥けていくではないですか!
一体、何が起こったのかと言うと
生ニンニクに含まれる成分によって、
皮剥ぎ作業の際に出たニンニクに含まれる汁が指に付着して
簡単に言えば、やけどの状態になっていたんです。
もちろん、手袋を履けば良かったのですが、
아줌마もそれを手作業で行っていたんですね。
指の痛みを一切、口にせず・・・。
その時、こう思ったんです。
손맛とは、こうした母親たちの
手作業から生まれる美味しさなのだと。

妻の手作りキムチ。毎年今もキムジャンに合わせて作ってくれます。

ところで、皆さんにとって손맛と言えば、
どんなものを思い出しますか?

僕は日本では母の作ってくれた
黄身揚げと呼ばれる
卵の黄身を衣にしてあげた
豚のスライス肉の唐揚げを思い出しますが、
実家を離れてからもう30年。
最近では、すっかり妻の作ってくれた手料理が
自分にとっての손맛になりつつあります。

そんな妻ですが
結婚前は、料理を作る機会はほとんどなく
まさか料理本を出版し、料理教室を運営するなんて
当時は想像もできませんでした。
義理の母から
「経験は少ないけど、料理はセンスだから、
だから大丈夫」という結婚前に聞かされた“謎のお墨付き“は
あながち間違えではなかったようです・・・。
彼女の作る韓国料理は、
どことなく義理の母が作ってくれるご飯の味もありながら
16年という日本生活を経て得た
日本人の口にも合う感覚的なものが
普段は使わない材料や調味料を使って
彼女ならではの韓国料理、
彼女ならではの손맛を生み出していて
その味に
僕も、息子も
すっかり慣れ親しんだようです。

今日は一体、どんな美味しい韓国料理を作ってくれるんだろう・・・。

僕が大好きなカムジャタン。普通は外食メニューだと思いますが、こうして家でも作ってくれます。

プロフィール

古家正亨

ふるや・まさゆき|1974年北海道生まれ。ラジオのDJやイベントMC業を中心に、約20年に渡りK-POPの魅力をラジオや書籍、Web等のメディアを通じて紹介。また、多くの韓国の俳優やアーティスト、その他韓国関連のイベントで通訳・司会進行を担当しており、世界的スターはもちろん韓国カルチャーファンからの信頼も厚い。日本でのK-POP普及にあたり、韓国政府より文化体育観光部長官褒章を受章した。

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