TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#4】Common Resources

執筆:川口涼子

2026年1月4日

 この不景気の時代、英国でも「物や場所を共有する」という考え方は、すっかり当たり前になりました。家賃は高く、物価も上がる一方。ものを買う余裕も、しまっておくスペースもない。そんな事情が重なり、「持たない」ことが現実的になっています。

 ただ、日本と同様、その多くはデジタルプラットフォームによる商業サービスです。私も日々便利に使っていますが、本当の意味での共有かというと、少し違う気もします。昔から資源を分け合うことはあり、どの時代にも利益を得る人はいましたが、かつての共有は暮らしの根本を支えつつ、人が自然と交わる場でもあったように思います。

 例えば、世界各地にあった「村の共同オーブン」。パンの焼き上がる香ばしい匂いが場の空気をやわらげ、待つあいだに立ち話が始まる様子が目に浮かびます。また、さまざまな文化に見られた銭湯などの「共同入浴」も、実用的な場でありながら、湯船に浸かりながら何気ない会話をしたり、黙って同じ時間を過ごしたりすることで、ほどよい距離感を生んでいました。

 もちろん、日常生活に組み込まれたインフラは、形を変えながら今も息づいています。生きるための必需というより、暮らしに余白や潤いを添えるものとして、新たな役割を持ち始めているようにも感じます。

 19世紀の欧米で、「知識は公共のもの」という考え方のもとに生まれた公共図書館も、あり方が変わってきている共有の場の一つです。帰国前に関わった図書館再生計画では、「知識」は本にとどまらず、メイカースペースや音楽室、講堂、キッチン、デジタルラボなどが併設されていました。読む・学ぶだけでなく、つくる、集まる、試すといった多様な行為を通して知に触れる場へと広がっています。

 海外で増えつつある Library of Thingsもそう。工具や家具、楽器、キャンプ用品など、「たまにしか使わないけれど、ないと困るもの」を借りられる仕組みです。必要な物が倉庫から届くのではなく、地域の拠点として運営されているのも特徴。ロンドンに住む妹家族が利用している Library of Things は、1935年に建てられた公衆浴場を改装した複合施設の一角にあります。カフェやバー、スタジオ、サウナ、イベント会場などが併設され、共有の場としての歴史が受け継がれています。

元公衆浴場の一角にあるLibrary of Things。
Photo: Stefan Kyota Glanz

ピアノや謎のオブジェのような大きなものから、細々したものまで借りられます。
Photo: Stefan Kyota Glanz

 そして最後に、Student Picture Loan Scheme。地元の学生が、ギャラリー所蔵の作品を約4,000円で一年間、自分の部屋に飾ることができる制度です。英国にある私のお気に入りの場所『Kettle’s Yard』では、創設当初からこんなユニークな制度が続いています。倉庫に眠っていたアートが、「一緒に暮らすもの」として日常に送り出される。そんな懐の深い仕組みが、もっと増えたらいいなと思います。

『Kettle’s Yard』は、 暮らしの中にアートが溶け込んだような家とギャラリーです。

『Kettle’s Yard』のStudent Picture Loan Schemeの様子。
Photo: Kettle’s Yard

 4話を通して、私にとってのCommonのかたちを書いてきました。共有でありながら、どこか個人的でもある、ゆるやかなCommonが、日々の暮らしや街のあちこちに、行き渡っていきますように。

プロフィール

川口涼子

かわぐち・りょうこ|1978年、イギリス生まれ。建築家。ロンドンを拠点に学校や図書館、区役所、遊歩桟橋など公共施設のプロジェクトを中心に活動したのち、2024年に帰国。現在は住宅設計や古民家再生に携わりながら、次のステップを模索する日々を送る。好きなものは食、散歩、図工、手芸、本棚鑑賞、そして犬。

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