トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 番外編 Vol.3
写真・文/石塚元太良
2025年10月4日
11月11日。社員たちが出社してきて、Steidl社も今週の作業が始まる。
Steidl社で出版をするアーティストたちは、基本的に月曜から金曜までSteidl社に付属したレジデンスに泊まり、5日間みっちりと働いて、そして次の週にはそれぞれのホームへ帰っていく。
付属したレジデンスはとても快適で、僕の今回滞在した部屋には、Jim Dineのオリジナルの作品が所狭しと飾られていた。
このアーティストレジデンス本印刷システムは、ゲルハルドが構築した独自のものである。毎日デザインと色校正、そして本印刷を詰めていくために基本的にアーティストは外部と遮断されるように、集中できる環境が与えられている。
5日はあまりに短い時間であると感じるかもしれないが、5日間で驚くほど多くのことができるのは、ゲルハルドが構築したこのSteidl社の印刷システムのおかげであると言っていいだろう。インハウスに5人の若いデザイナーたちがおり、彼らはとてもセンスがよく、そして驚くほど仕事が早い。
そして、先にも記述したが、出版社が印刷機を所有しているという事実。これは、日本のように色校正や、本機印刷を地方の印刷所で行い、郵送で送りながら、確認していく作業効率とは桁が違う。刷ったそのものの紙をその場で、アーティストとゲルハルドとで確認し合いながら、ディスカションして、印刷のクオリティを詰めていくのだ。
こんな環境が整えば、仕事が早くそして生産性が上がらないわけがない。けれど、これも繰り返しになるが、都心のタワーマンションを数部屋は買えるであろう金額のオフセット印刷機を、自ら所有できる小さな出版社は、世界を見渡してもSteidl以外にどこにあるだろうか?
僕の月曜のタスクは多岐にわたる。2023年に1週間Steidlに滞在して作業が終わったのは、写真集の中面のデザインと、表紙のデザイン。そして、中面の編集全般と、文字校正の全て。つまりあとは、オフセットの面付けを行い、印刷の版を作り、印刷を開始するだけである。
が、その順番は週の後半になるとのこと。なんでもダミアン・ハーストの印刷が、週を跨いで終わっていないとのこと。それならばと、週の前半の時間を利用して、2冊目の作品集のデザインと編集を行うという段取りになっている。
とにかく、滞在する1週間の時間は貴重である。この時間のために、アラスカやフィンランドや、ニュージーランドの荒野を奴隷のように彷徨ってきたと言っても良い。目を刮目して、やってきたことの全てを紙の中に落とし込んでいかなくてはならない。
2冊目の本のタイトルは、『Gold Rush』。僕がこれまで撮影してきたパタゴニア、ニュージーランド、フィンランド、カリフォルニア州の19世紀末のゴールドラッシュの史跡をドキュメントした写真集になる予定である。
持参したプリントを確認しつつ、指示書きを添えて、ドラムスキャニングに回す。Steidl社には、デジタルダークルームなる部署があり、プリントのデジタル化も社内で一括で行っている。
とにかくできることは全て社内で完結させ、品質を管理するのがゲルハルドの哲学なのだと思う。
2024年のSteidl社のカタログが傍に置いてあった。パラパラとめくりながら、僕の今回印刷する作品集『Gold Rush Alaska』も掲載せれていてとても嬉しくなる。いよいよだぞ。とまた身震いしながら、2冊目の本の編集を夜遅くなるまで続けた。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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