TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】スパイスカリー ハルモニア

執筆:鈴木ジェロニモ

2025年6月28日

 大阪はカレーだと聞いていた。詳しい友人やインターネットを頼るとえーこれは食べたい食べさせてというカレーが画像で知らされる。「スパイスカリー ハルモニア」。調べると月に2日ほどしか営業していないらしい。今月の営業日を見る。なんか、そういう予感がする。えっ。ほらそうじゃんそうじゃん。1秒前の自分の肩を今の自分がバンバン叩く。ハルモニアが、やってる。私の大阪滞在期間にハルモニアの営業日が重なっている。私は私のこういうところを信じている。Googleマップで行き方を調べて、まあここは実際歩いた方が早いよな、とかまでを踏まえて、行く。

看板

 到着すると店の前にぽつんと看板が出ている。外までの大行列だったらどうしよう、いやそれでも行くんだ旅だから、と2人の自分を宥めながら向かっていたのでひとまずそうではないことに安心する。店にもっと近づく。あ。ああ。おお、うんうん。雑居ビルの少し奥まったところに入り口があって、視界から隠れるようにそこに5、6人が並んでいる。でもまあまあ、いやそうだよねだって月に2日だもんね、逆にラッキーなくらいだよ、と無音で自分と会話する。列に加わる。

「ご馳走様でした」。店内から食事を終えたお客さんが出てくる。「はー最高」「ほんとおいしかったね」。額や鼻の汗をハンカチで拭って2人同じ方向に歩き出す。雑居ビルの狭い廊下。並んでいる私たちの横を、ちょうど二車線分の幅だとそのとき分かる田舎の農道のように食べ終えた2人が通過する。瞬間、ハイタッチの幻影が見える。チームスポーツの選手が試合後にチームメイト全員とそれをしてからベンチに戻るような、羨みや妬みのない爽やかな交差。食べ終えた彼らはもちろん満足しているだろうけれど、なぜか待っている私たちすらもその様子にそうだろう、おつかれさま、と労うような高まりを得ている。大丈夫。自分のこれまでの努力を思い出したような気持ちになって、あと2人で入店できるであろう順番を両足で踏みしめる。

「お待たせしました。奥の席へどうぞ」。店員さんが案内してくれる。壁際に1列と厨房を囲うように1列、決して多くはない座席が背中合わせに並んでいる。その厨房側の一番奥に座る。「ご注文はどうなさいますか?」。店内の壁の上部にメニューのことが書いてある。やれることぜんぶやる。そういう気持ちになって、言う。スパイスカリー4種盛り。ライス大。スパイス煮卵ハーフ。お願いします。聞かないように聞いていた他のお客さんの注文仕草から自分の最適解を予想してそれを言葉に置き換える。

「お待たせしました」。わあー。言いたいからこそ言わないように気をつけて拝むような気持ちで食べ始める。んーー。うまっ。香りが空間の輪郭を決めてそれを味が追随して満たす。香りばっかりでもないし味ばっかりでもない。その両方が餅つき名人のような相性で見たことない形の輪郭をものすごい速さで描写する。続きをもっと見たくなって食べることが進む。空中の海。そうだ。食事は目を瞑って見る巨大な絵だ。背中合わせで食べ進めるおよそ10人の夢の手が花火のように重なった。

プロフィール

鈴木ジェロニモ

すずき・じぇろにも|1994年、栃木県生まれ。お笑い芸人。歌人。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024準決勝進出。TBS『ラヴィット!』「第2回耳心地いい-1GP」準優勝。短歌では、第4回・第5回笹井宏之賞最終選考、第65回短歌研究新人賞最終選考、第1回粘菌歌会賞を受賞。『ダ・ヴィンチ』『小説 野性時代』『ユリイカ』『文學界』など様々な媒体に作品やエッセイを掲載。’22年からは短歌のライブイベント「ジェロニモ短歌賞」を主催するほか、昨年末には『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行した。

Official Website
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