カルチャー
『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』の夏が気になってしょうがない。
2021年6月11日
ルカ・グァダニーノの新作は、とにかくエモい青春ドラマ。
ファッション、詩、音楽……。こういうサマークラシックもある?
なぜかわからないけど、夏はエモい青春ドラマを観たくなる。現在、スターチャンネルEXで配信中の『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』は、そんな気分にぴったりな作品だ。なんせ監督は、2人の青年によるひと夏の淡い恋模様を活写したあの名作、『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノである。もうその時点で間違いない。
時は2016年、舞台はイタリアの港町キオッジャにある米軍基地。軍人である母&その妻と、アメリカから引っ越してきた14歳のフレイザーが主人公だ。癇癪持ちで、未成年のくせに酒に溺れがちだけど(こら!)、繊細な感性の持ち主でもある彼は、基地内の学校に通うケイトリンと出会う。お互いにセクシュアル・マイノリティである2人は(といって、これみよがしに描かれないのがいい)、たちまち意気投合。そんな2人が自分たちのアイデンティティを探求する物語を中心に、同世代の若者たちや周囲の大人たちの山あり谷ありな1年が、エモく、儚く綴られる。
特に甘酸っぱい気持ちになったのは、夏が舞台の最初の4話。淡いブルーの空の下、海でダラダラしたり、留守宅に侵入して乱痴気パーティをしたり、若者の姿を観ていると胸がキュッとなる。永遠に続きそうなのに、絶対にそうはならない時間を見せつけられているからかな。というわけで、見どころ満載な本作の夏パートから特に新鮮さを感じた、スタイル、詩、音楽を通して紹介しよう。
かなりモードだが、トランクスだけはクラシックだ。
フレイザーのファッションが、ハイファッションてんこ盛りなのに、
今のティーンのリアルを映し出しているワケ。
フレイザーは青春ドラマ史上ナンバー1と言っても過言じゃないほど、ファッションセンスがよろしい。夏パートだけで言っても、〈ラフ・シモンズ〉のTシャツや〈コム デ ギャルソン オム プリュス〉のジャケット、〈ベルンハルト ウィルヘルム〉のベストといったアクの強いアイテムをさも当然のように着たかと思えば、〈ヒューマンメイド〉のスウェットみたいなストリートライクなものもさらっと取り入れてしまう。にもかかわらず、首元のネックレスも含めて、「嫌みだなぁ……」と感じさせないあたり、趣味がいいと言う他ない。あと、下着だけはクラシックなトランクスだってところも(ブランドは不明)。
スタイリングを手掛けたジュリア・ピエルサンティ(『君の名前で僕を呼んで』と同じ人!)は、インタビューで彼の衣装をこう解説している。「彼らはファッションに精通した世代であり、超人気のスケーターTシャツにもハイファッションと同じ魅力を感じることができるのです。性別は関係ありません。だから、とても新鮮でモダンなミックスが可能なのです」。こうした衣装の方向性は実際のティーンへの入念なリサーチに基づいて決まったらしいが、なるほど、だから無理している感じがないのか。
ティーンのワードローブがこんなハイブランドだらけなんてただ金持ちってだけじゃん! と思うなかれ、2016年が舞台だということを考慮しても、どれもちょっと古いシーズンのものばかりだ。それもそのはず、ピエルサンティは同じインタビューで、すべて古着で揃えたと語った上で、こう言い添えている。「今の若者は、ネットやSNSのおかげでトレンドに素早くアクセスできるようになりました。ハイファッションであっても、より身近なものになっていて、それらを低価格で購入できるプラットフォームを見つけたり、他の愛好家と交換したり買ったりすることもできるようになっているのですから」
フレイザーは劇中でこう語る。「ファストファッションは嫌いだ。気に入ったと思って買ったものが2か月後にはゴミになってしまう。僕は何か意味のあるものが欲しいんだ」と。そんな考え方も含めて、フレイザーはつくづくファッションセンスがよろしいティーンなんである。
〈ラフ・シモンズ〉のTシャツ
〈ヒューマンメイド〉のスウェットシャツ
〈コム デ ギャルソン オムプリュス〉のジャケット
〈ベルンハルトウィルヘルム〉のベスト
NO BRANDのトランクス
フレイザーは詩を読むことで、人生の意味を知る。
ウォルト・ホイットマンにオーシャン・ヴォング、ケンドリック・ラマーまで。
さまざまなタイプの詩が、ドラマに彩りを添えている。
フレイザーが初めてケイトリンを目にするのは、彼女が授業でウォルト・ホイットマンの詩を読んでいる姿。それが象徴するように、本作では詩も重要な役割を持つ。特に印象的なのは、川に浮かべたボートでくつろぐフレイザーが、オーシャン・ヴォングの詩集『Night Sky with Exit Wounds』の一節を読み上げるシーンだ。こんな夏の過ごし方って素敵。同作は、1988年にベトナムで生まれ、2歳で難民としてアメリカに来たヴォングが、家族やベトナム戦争について綴った作品だ。
「なぜ詩が好きなの?」。隣にいたケイトリンが問う。それに対するフレイザーの答えが、前ページ「STYLE」の項目で最後に引用した言葉。詩は彼の人生に意味を与えてくれるものらしい。では、どんな意味なのか。
ルカ監督は言う。「フレイザーは自分のルール以外には従わない。そして、常に少数派だ。しかも、そのことに満足している」。そんな彼がヴォングの詩を読んでいるのはとても自然なことである、と。少数派として生きるヴォングの言葉が、フレイザーの考え方を後押ししてくれているということかもしれない。
ある意味で人生を達観しているフレイザーを、よく思わない人もいる。ケイトリンの元カレ、サムだ。彼がフレイザーに「詩がわかるのがお前だけだと? 俺にも詩心はある」とからみ歌いだすのは、ケンドリック・ラマー「Alright」。微笑ましい。どんな詩でも、誰かに生きる意味を与えているんだなぁ。
右/フレイザーに触発されて、ホイットマンの詩を再読するケイトリン。左/パーティで「Alright」を暗唱するベン。ラマーもまた、黒人という少数派の思いを代弁し続けているラッパーであることを考えると、フレイザーとベンは詩に同じものを求めているのかも。
どんな時間帯のシーンでも、流れてる音楽がグッとくる。
どんな状況も音楽ひとつでエモくなる本作。
サマークラシックなプレイリストのヒントになること間違いなし!
・・・
ビーチパーティ中は……。
Self Control / RAF
1984年にイタリアで大ヒットしたこの曲は、フレイザーの同級生が参加する午後のビーチパーティでDJが流す。太陽が傾き始め、なぜか切なさすら漂うこの時間、ゆるやかにリズムを刻むニューウェーブ的なサウンドは、力を抜きながら踊るにのにうってつけ。
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朝活の帰り道は……。
Child Prodigy / Arto Lindsay
早朝、川でボートを浮かべてチルアウトしたフレイザーとケイトリン。その帰り道に鳴り響く。ノイジーなロックをやっていたリンゼイが、初めてボッサに挑戦したアルバムに収録。子供の可能性を全肯定する歌詞は、2人の前途をやさしく見守るかのよう。
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パーティの幕開けには……。
Jump They Say / David Bowie
同級生の結婚が決まり、パーティをするフレイザー一行。その幕開けを飾るのが、『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』の収録曲。アップテンポの曲だが、歌詞はボウイの異母兄弟の自殺について。奇しくも同アルバムには結婚ソングがたくさん入っているのになぜ?
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パーティの終わりには……。
Soldier Of Love / The Beatles
結婚パーティの終盤、同級生のブリトニーがピアノで弾き語るのがこの曲。「武器を捨てよ」と訴える歌詞が、原曲とは比較にならないくらい切なく響く。結婚後すぐ戦場へ向かう新郎の前だからか。ブリトニーを演じているのはマーティン・スコセッシ監督の実娘。
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夜の散歩道では……。
Aziz and Azizah / Kip Hanrahan
イタリアに来て間もない頃、孤独なフレイザーは、泥酔しながら夜の街を散歩する。そんな彼の心情に寄り添うのは、ウィスパーなボーカルが心地いいこのナンバー。ちなみに、ハンラハンはかつてジャン=リュック・ゴダール監督のアシスタントをしていたそう。
・・・
就寝前は……。
OOOUUU / Young M.A
ケイトリンが就寝前に聴くのは、作中の舞台である2016年に大ヒットした、フィメールラッパーによる一曲。寝る前にこんなアゲアゲな曲を聴くのはどうなのかとも思うが、一筋縄ではいかない悩みを抱える彼女にも、普通にティーンっぽい側面があるんだな。
・・・
夕暮れ時にベンチで……。
Time Will Tell / Blood Orange
本作の劇伴も手掛けるBlood Orange(akaデヴ・ハインズ)の曲。劇中で何度もかかるが、印象的なのはフレイザーとケイトリンが夕暮れ時にベンチに座って聴くシーン。苦悩多き彼を勇気づけるような歌詞は、本作全体のテーマと言ってもいい。
・・・
踊り疲れた真夜中には……。
Nikes / Frank Ocean
これもかかるのは結婚パーティの最中。ひとしきり暴れた後、みんな疲れ切った真夜中に流れ、ある者は眠り、ある者は静かに体を揺らす。まさにそんな時間帯に聴きたい曲。2010年代のアンセムだが、リリースされたのは2016年だから劇中の世界では新曲だ。
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