TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】“真ん中”とは。

執筆:入山杏奈

2025年4月22日

人生で一度は見てみたい——そう思わせる“絶景”が、世界にはいくつもある。アンコールワットの朝日と夕日は、間違いなくそのひとつだった。SNSにも「美しさに感涙」などと書いてあるし、これは間違いないだろう。

アンコールワットの荘厳なシルエットの向こうに、空を染めながら昇る太陽。沈みゆく夕日に黄金色に照らされる遺跡群。そんな景色を目の当たりにすれば、心が震えるような体験になる気がする。大きな期待を胸に、私たちはカンボジアへ向かった。

まずは夕日。事前情報によると人気のスポットには入場パスが必要で、16時を過ぎると入れないらしい。1泊2日の滞在予定の私たちには、夕日も朝日も一度しか訪れない。遅れるわけにはいかない、と予定より早めに現地へ向かった。が、到着してみると、そんなパスはどこにも見当たらない。ちょっと拍子抜けしつつも、陽が傾き始めるのを静かに待った。

そして、ついに夕日が沈み始める。だが、様子がおかしい。空が青いままだ。期待していたような、空全体がオレンジに染まる絶景はどこにもない。浮かんでいるのは、赤くてまん丸な太陽。(私は密かに日の丸弁当を連想し、もう5日も食べていない日本食に思いを馳せた。)絵に描いたような赤い丸が、ただ、ゆっくりと沈んでいく。綺麗ではあるけれど、想像していた“神々しさ”とは違っていた。

帰り道、トゥクトゥクの運転手が教えてくれた。
「明日は春分の日。アンコールワットのど真ん中から太陽が昇るよ」
まるでご褒美のような偶然に、私たちは再び胸を躍らせた。今度こそ、想像を超える絶景に出会えるかもしれない。

朝の4時半。まだ動き出す前の街をトゥクトゥクで駆け抜けてアンコールワットへ向かう。

サイトに“ベストポジション”と書かれていた左側の池は柵で覆われていたので、おそらく同じように見えるであろう右の池の前の芝生に腰をおろした。空は静かに明るくなっていく。でも、朝焼けというほどの色づきはない。ただじわじわと薄明るくなってゆくアンコールワットを1時間ほど眺めていた。

太陽もなかなか姿を現さないので、諦めて遺跡の中を歩くことにした。一通り観光を終えたあと、ふと振り返ると、太陽が塔のやや横から顔を出していた。真ん中じゃないんかい。

思えば、私はずっと“完璧な絶景”を探していたのかもしれない。劇的な空の色、誰もが感動するような瞬間。けれど、アンコールワットで見たのはそのどれとも少し違っていた。

でも、あのときの、夕焼けを期待しながらただ赤い太陽を眺めていたひとときや、静けさの中明けゆく空の下でじっとしていた朝は、思い返すたびに少しずつ味わいが増している気がする。

思っていたのとは違っていても、絶景を楽しみに待つ時間も、ちょっと肩透かしをくらった瞬間も、きっと旅の中でしか出会えない特別なものだ。

気づけばこの思い出が、私たちの旅の”真ん中”に、ひっそりと息づいている。

プロフィール

入山杏奈

いりやま・あんな|1995年、千葉県生まれ。愛称はあんにん。2018年からメキシコで放映されたテレビドラマ「L.I.K.E」の出演のためメキシコに移住し、以来スペイン語が特技に。日本とメキシコを行き来しながら活動を続け、現在は日本に一時帰国中。昨年10月には日本テレビ系「潜入兄妹 特殊詐欺特命捜査官」でAKB48卒業後初のテレビドラマ出演を果たした。

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