フード

コロンビア料理店『エルランチョ』/異国の店主と土地の味。Vol.39

インタビュー・土井光

2025年3月20日

異国の店主と土地の味


interview: Hikaru Doi
photo: Kazuharu Igarashi
text: Shoko Yoshida

各地のローカルな風を届けてくれる東京近郊の外国料理店の店主を、
料理家の土井光さんと巡るコラム。

『エルランチョ』店主の銅島英辺留さん(左)と、ご両親のエンリケ・サンブラーノさん(中)と銅島いずみさん(右)。

土井光(以下、土井) 学芸大学に、こんな可愛らしいコロンビアのバーがあるなんて驚きです。お店はいつからあるんですか?

銅島英辺留(以下、銅島) 恵比寿、目黒川沿いと2度移転をしていますが、オープンして30年以上経ちます。コロンビア人の父が1人で始めたお店を、去年の4月から僕が受け継ぎ、今は父母と家族3人で営んでいます。

土井 まだきっとお若いですよね。お店を継ぐことは昔から決めていたんですか?

銅島 僕はもともと、名古屋で海外事業の仕事をしていたのですが、コロンビアへ長期出向に行く直前に父が病気で倒れてしまい。父はパワフルだけど、もう79歳。26歳の僕からすると、おじいちゃんくらいの年齢なので、一緒に過ごせる時間を大事にしたいなと思い、退職してお店を継がせてもらうことにしました。

駒沢通り沿いに突然現れる焼けたピンク色の建物が、銅島ファミリーのお家。お店は、その地下で営んでいる。

階段を下り、店内にたどり着くと、そこには小さなコロンビア世界が。ラテンミュージックが響き渡り、アートを愛するエンリケさんが描いた絵画が見渡す限りに広がる。その陽気さと、家族経営のアットホーム感が心地よく同居している。

土井 飲食経験もない中で、かなり踏み切った方向転換だったのですね。

銅島 そうですね。なので、父が営業再開に向けてリハビリをしていた時、自分なりに修行期間を作りました。昼はイタリアン、夜はバーで休まず働いて基礎を叩き込みましたね。

土井 親のお店を引き継ぐにしても、一回別の場所で経験を積んで視野を広げるのは大事ですね。中南米を中心に、コロンビア独自の料理もメニューにありますが、これは昔から銅島さんが食べていたものなんですか?

銅島 いや、全然馴染みはないんです。コロンビアと日本のハーフとはいえ、学大が地元なので、子供の頃はコロンビアのことはほとんど知らなくて。それこそスペイン語も話せず、日本語が堪能ではない父とは簡単な日常会話しか交わせませんでした。正直なところ、気難しい人ですし(笑)。でも、尊敬する父のことをもっと知りたいと思ったので、大学でスペイン語を勉強し、コロンビアにも留学して。お店で出している料理は、現地で食べて感動した味の完全再現です。父が監修に入り、何回も試作を提出して、「こんなのアヒアコじゃない!」と怒られながら数ヶ月かけて完成させました。

コロンビアの郷土料理、アヒアコ。チキン、じゃがいも、トウモロコシをハーブと一緒に煮込んだ、シチューのような優しい味わいのスープだ。コロンビアではブイヨンなどの調味料は基本使用しないため、現地と同じように、鶏の出汁をとるところから再現している。¥1,000、ビール¥000

左・銅島さんのお母さんが一つひとつ丁寧に包んだ、エンパナーダス。チリやアルゼンチン、ペルーなどではオーブンで焼いたパイ仕立てが食べられているが、アルゼンチンのものは揚げるスタイル。一口食べて、エンリケさん特性の秘伝チリソースをたっぷりかけていただく。4p¥850/右・銅島さんが小さい頃から、エンリケさんがよく作ってくれたという“パパタコス”もメニューに。濃いめに味付けされたチキンと、たっぷりのキャベツが口の中でバランスよく混ざり、ビールがすすむ味わいに。エンリケさんお手製のカラフルなタコスホルダーで、見る目にも楽しい。2p¥1,000

お酒は、中南米で飲まれているものをメインにセレクト。カカオの香りがするダークラムにコーヒー豆を漬け込んだ「チョコラテ」(左・¥1,200)や、メスカルに山椒を漬け込んだ「山椒メスカル」(右・¥1,000)など、六本木のテキーラバーで働いていた銅島さんならではのアレンジを加えている。コースターは、和を感じる親王台で。ソーダ割りにもストレートを添えてくれるので、本来の味も知ることができる。

銅島さんのアイデンティティである、日本とコロンビアをミックスした創作料理も始めたそう。こちらは、日本のサバ缶と、中南米でポピュラーなパセリたっぷりのチミチュリソースをかけ合わせた「チュリさばパスタ」。ソースの酸味が効いていて、女性人気も高い。¥1,000

土井 アヒアコというのは初めて食べましたが、鶏の出汁が効いていて体に沁みる味ですね〜。スペイン語が話せるようになってから、お父さんとどんな話をしたんですか?

銅島 17歳で両親と縁を切り、ベルギーに1人で渡ってブリュッセル自由大学の医学部に通ったこと。アパルトヘイト真っ只中だった1960年代当時、人種差別の問題で医者を殴ってしまい、ベルギーを去ったこと。その後、東洋医学を学ぶために中国へ渡り、やがて日本の北里大学に通うようになったこと。だけど、日本で医師免許を取るのは難しく、代々木公園で歌を披露するうちに自分のお店を出す決心をしたこと。そういう父の知られざる人生を話してくれました。

土井 お父さんの人生を知ることで、ご自身の歴史やルーツが紐解かれていく感じもしますね。

お店では、エンリケさんの生ライブも。基本は月に一度の開催だが、その日の気分で突如開催されることも。歌に合わせて踊ってもオッケー。

昔、コロンビア人のバーというだけで、ドラッグ売買をしていると思って訪ねてきた客がいたそう。考古学に知見が深いエンリケさんが、「それは本当に間違ったイメージで、コロンビアの長い歴史や文化をもっと知ってほしい」と、コロンブス到来以前の先住民の金製品を見せてくれた。首都ボゴタにある黄金博物館に飾られている展示品のレプリカで、お店の内装にも同じモチーフを描いている。

銅島 スペイン語ができるようになって、父が初めて飲みに誘ってくれた時には、実はベルギー時代の恋人との間に子供がいて、僕には52歳の異母兄弟がいることも打ち明けてくれました。こんな大事なこと、たしかに母語じゃないと伝えられないなと。言葉が通じる分、喧嘩も増えましたが(笑)。

土井 家族くらい近い存在だと、逆に言葉が通じないくらいがちょうどいいってこともあるかもですね(笑)。それにしても、コロンビア留学は珍しいですが、現地での生活はどうでしたか?

銅島 コロンビアは貧富の差が非常に激しい国で、お金持ちを誘拐することによる身代金ビジネスがごく普通で。僕が留学していた私立大学は、現地ではリッチとされていたので、自分も追い剥ぎに襲われる寸前までいきました。ですが、そういう恐ろしい経験から「いつ死ぬか分からないから、周りに流されずに自分の生き方を突き詰めよう」と価値観が180度変わりましたね。

土井 勤めていた会社を辞めて、お店を継ぐ道をその若さで決断できたのは、留学で得た精神的強さも起因してるのでしょうね。店主になった今、思い描く生き方やお店の展望などはありますか?

銅島 アーティストの父には、これまで通りでいてほしいので、自分はそれ以外を補える存在になりたいと思っています。新しいメニューを考案したり、お店のことを知ってもらうためにSNSの更新をしたり。今の時代、美味しい飲食店は山ほどあるので、その中でどう生き残っていくか試行錯誤の日々ですね。でも一番の喜びは、「中南米の文化ってこんなに面白いのか」とフランクに楽しんでもらえること。両親と一緒に、そんな店であり続けたいと思います。

土井さんからのコメント。「こんなところにバー?! というような小さな入口から、異国の香りがしてきます。恐る恐る入ると、コロンビアとジャパンファミリーの素敵な隠れ家でした。奥にはコロンビアカラーの黄色、赤、青の色の素敵なカウンターがあり、そこには気さくなお父さんが座っています。壁はカラフルな装飾で、全てお父さん作だそう。アーティストでもあるお父さんにお話しをきくと、本当のコロンビアを知って欲しい、という思いがひしひしと伝わります。そして後を継ぐ息子さんは家族思いの素敵な青年。スペイン語も堪能で、日々バーをよりよくするため切磋琢磨し努力しています。私の仕事も実は家族経営なので、いいところも大変なところも、お話を聞いてよくわかりました(笑)。そんな素敵なバーでは、美味しいコロンビアと南米のお料理を食べることができます。息子さんが学んできた料理と伝統的なコロンビア料理が混ざり合うことで、新しい時代へとしっかりと繋いでいるんだなあ、と感じました。お父さんの素敵な歌も聴けちゃう、とってもハッピーなバーレストランです! 一度行ったら必ずやみつきになると思います。一杯からでも足を運んでみてください。」

さいごに……

この連載は今回で最後となります。3年半お付き合い本当にありがとうございました! 39軒、たくさんの外国人オーナーとお話しできた事は貴重な経験となりました。共通して言えるのは、全てのレストランのオーナーさんは自国から日本へ来て、苦労し、もがき、そして楽しんで経営されています。私たち日本人が見習うことが沢山ありました。美味しい料理を求めてレストランを選ぶのはもちろんですが、そのレストランの背景を知ってレストランを選ぶこともとても楽しく勉強になります。異国のレストランへこれからも通って皆さんを応援したいと思います。取材させて頂いた全てのレストランに感謝致します。 

土井光

インフォメーション

El Rancho

◯東京都目黒区中央町2-36-10 ☎︎080・6899・3146 18:00〜25:00※食事提供は基本21時まで 月・火休

Instagram: @el_rancho_0304

今回取材した店主の故郷について

コロンビア料理店『エルランチョ』/異国の店主と土地の味。Vol.39

コロンビア共和国

◯南アメリカ大陸の北端に位置。
◯面積は日本の約3倍。
◯人口は5000万人ほど。これは日本の半分以下。
◯パナマ、ベネズエラ、ブラジル、ペルー、エクアドルと隣り合わせ。
◯おおよその民族比率は、混血75%、ヨーロッパ系20%、アフリカ系4%、先住民1%。
◯なかでも、先住民とヨーロッパ系の混血が人口の6割近くを占める。
◯経済を支えるのは、原油や石炭、コーヒー豆の輸出。
◯国名は、アメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスに由来。
◯主な言語はスペイン語。
◯スペイン語で美味しいは、「Está rico(エスタ リコ」。


コロンビア料理店『エルランチョ』/異国の店主と土地の味。Vol.39

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